電荷同士のクーロン力により、二つの原子核の接近が妨げられること。古典的には、原子核の相対運動のエネルギーが、このクーロン力による静電エネルギーを上回らないかぎり、原子核反応が起きないはずなので障壁と呼ばれる。実際には量子力学のトンネル効果によりこの障壁を通り抜け、原子核同士が10-15 m の距離に近づくと、クーロン力を上回る核力と呼ばれる引力(強い相互作用)により融合などの核反応が起こる。星の内部で核融合反応がゆっくり起こるのは、トンネル効果の起こる確率が低いためである。またクーロン障壁は衝突する原子核の電荷の積に比例して高くなる。このため、電荷の多い原子核ほど反応に必要な温度が高くなる。
放射平衡にある状態では、物質から放射されるエネルギーと物質に対して照射される外部放射の吸収率の比が、光の波長や物質に関係なく一定で温度のみの関数になるというもの。すなわち、特定の波長の光を吸収しやすい物質は、同じ波長の光を再放射しやすいということになる。すべての波長で吸収率が1である黒体を考えると、上述の比を与える温度のみの関数は黒体からの放射スペクトル(プランク関数)となる。なお、電気回路に関するキルヒホッフの法則も有名だが本辞典では扱わない。
空間的には温度が変化していて熱平衡にはないが、局所的な領域では熱平衡にある状態。具体的には異なる電子状態や電離状態にある分子の数 $n(E)$ がその場所の温度$T$ で決まるサハ-ボルツマン分布
$$ n(E) \propto \exp\left(-\frac{E}{k_{\rm B} T}\right) $$
に従っている状態。ここで$E$ は状態のエネルギー準位、$k_{\rm B}$ はボルツマン定数、$T$ は温度である。 星間ガスの場合は、回転準位だけがボルツマン分布に従う場合など、熱平衡にあるエネルギーレベルが限られていても局所熱力学平衡にあるという。英語の頭文字をとってLTEと呼ぶことが多い。
量子力学的扱いをする数式に現れる虚数の時間のこと。量子力学では、たとえば一時的にもとのエネルギーよりも高いエネルギーの状態を取るなど、古典論では許されない運動も実現し得る。このような遷移を準古典(WKB)近似で取り扱うと、古典的に許されない運動は、あたかも虚数の時間に沿って時間発展するかのように表すことができる。宇宙のスケール因子を量子力学変数と見る量子宇宙論を、正の宇宙項だけを含んだ最も簡単な宇宙モデルについて展開すると、宇宙はある有限の大きさで創生し、宇宙の大きさがゼロからそこまでは、古典的運動の禁止領域として「虚数の時間に沿った時間発展」によって記述することができる。このことから、ホーキング(S. Hawking)らは、「宇宙は虚数の時間で始まり、ある有限の大きさになったところで実数の時間を持つ通常の宇宙になった」ということを主張した。しかし、量子重力のこのような取り扱いにはさまざまな問題点があり、虚時間の概念は明確ではない。
クォークにおいて、質量の固有状態と相互作用の固有状態が一致しているとは限らず、両者はユニタリー変換により結び付けられる。このような変換は、キャビボ(N. Cabibbo)によりアップ、ダウンクォークからなる第1世代とチャーム、ストレンジクォークからなる第2世代の2世代のモデルとしてまず定式化された。小林誠と益川敏英は、これを3世代まで拡張するとCP対称性の破れが説明できることを示した。
運動する電子が光子を散乱してエネルギーを与え、もとより高いエネルギーの光子が生成される過程。天体の放射機構の一つである。光子から電子にエネルギーが渡される場合をコンプトン散乱と呼ぶのと区別してこう呼んでいる。超新星残骸や活動銀河核などの高エネルギー天体において、高エネルギーまで加速された電子からX線やガンマ線が生成される機構の一つと考えられている。
たたみ込み(コンボリューション)の逆操作のこと。
たたみ込みを参照。
系が平衡からずれた状態から平衡状態に近づく時間の目安を与える時間尺度。具体的には、平衡状態からのずれが指数関数的に減少する際の時定数。この場合、緩和時間が $\tau$ であれば、平衡状態からのずれは $\exp(-t/\tau)$ に比例して、時刻 $t$ が経つにつれ減少する。平衡状態への近づき方が指数関数的でない場合も、緩和に要する典型的な時間尺度がある場合には拡大解釈して使われる。 天体物理では、銀河や星団などが衝突により合体し1つの系とみなせるようになるまでの時間や、プラズマ中の電子とイオンが同じ温度に近づこうとする時間尺度などにも用いられる。
星風を参照。
温度が推定できる放射スペクトルの強度を、同じ温度の熱平衡状態の放射量(黒体放射)で割った値。
ある特定の温度 T の黒体放射を放出している天体を観測する場合、電波望遠鏡などのビーム(視野)が天体の見かけの大きさ(面積)よりも D 倍だけ大きい場合、観測される放射強度としては温度 T の黒体放射を D 倍だけ弱くした値が観測される。つまり、この場合の希釈因子は 1/D である。放射輸送も参照。
天球座標系の1つで、天の川銀河(銀河系)の銀河面と銀河中心方向に基づいて定義されている。銀河座標に基づく経度を銀経、緯度を銀緯といい、それぞれ記号 $l, b$ で表す。概念的には銀河面を銀緯0°の面とし、銀河系中心方向を銀経0°とするが、実用的には1950年分点の赤道座標に基づいて定量的に定義されており、赤経12h49m、赤緯+27.4°を銀緯90°に、対赤道昇交点を銀経33°とすることが、1958年の国際天文学連合総会の決議によって規定されている。なお、この規定より前から、別の観測結果と銀経に対する別の定義に基づく銀河座標系が用いられていたことがあり、区別する際には、現行の銀河座標系の銀経、銀緯を $l^{\mathrm{II}}, b^{\mathrm{II}}$、過去の銀河座標系の銀経、銀緯を $l^{\mathrm{I}}, $$b^{\mathrm{I}}$ と記述することになっている。銀極も参照。
また、銀河面と黄道面(黄道を参照)の関係は図のようになっている。
ニュートン(I. Newton)の運動の第一法則(慣性の法則)が成り立つ座標系のこと。つまり、外力が働いていないか、働いている力が釣り合っている(合力が0)物体が、静止し続けるか等速直線運動となるような座標系である。慣性座標系も参照。
一般相対性理論において回転する重力源の周りの時空が遠方の慣性系に対して引きずられるように回転する効果。この効果のため回転する重力源に自由落下する観測者は無限遠で静止している観測者に対して回転方向に角速度を持つ。レンス-チュリング(Lens-Thirring)効果ともいう。この効果のため、回転するブラックホールの地平線の外側にエルゴ領域ができる。
子午儀と同じように、観測精度を高めるため子午線方向にしか動かない望遠鏡であるが、大きな目盛環(と読み取り用の顕微鏡)がついていることで天体の南中高度も測定できることに特徴がある。天体の南中高度から、観測地点の緯度がわかっていれば天体の赤緯が、逆に天体の赤緯がわかっていればその地点の緯度が求められる。かつては天体の位置観測の主要観測装置であったが、大気の影響を受けないヒッパルコス衛星やガイア衛星の成功により、現在ではほとんど使用されていない。
なお、日本経緯度原点はかつて東京天文台のメルツレプソルド子午環が置かれていた場所である。
ニュートン(I. Newton)の運動の第一法則(慣性の法則)が成り立つ座標系のこと。つまり、外力が働いていないか、働いている力が釣り合っている(合力が0)物体が、静止し続けるか等速直線運動となるような座標系である。慣性系ともいう。一つの慣性座標系から、ニュートン力学ではガリレイ変換によって、また特殊相対性理論ではローレンツ変換によって変換される系も慣性座標系となる。
慣性座標系では、エネルギー、運動量、および角運動量が保存する。これは、時間の一様性、空間の一様性、および等方性を意味する。従って、慣性座標系では時間が一様に流れ、一様で等方な空間が存在する。ニュートンはこれを絶対空間とした。特殊相対性理論ではミンコフスキー時空がこれに相当する。一般相対性理論においては、絶対空間の存在は否定されることとなり、慣性座標系は自由落下する観測者の周りに局所的にのみ定義される。
観測精度を高めるため子午線方向にしか動かないようにして、天体の子午線通過時刻を調べることに特化した望遠鏡。子午線通過時刻から、観測地点の経度がわかっていれば天体の赤経が、天体の赤経がわかっていればその地点の経度が求められる。逆に、赤経と経度の両方を既知とすれば時刻(恒星時や平均太陽時)を決めることができる。観測精度を高めるために、方位軸のまわりに180度回転させて同じ星の子午線通過時刻を2回観測できる工夫がされている。子午儀より可動部を減らして精度を向上させた写真天頂筒の登場により、あまり使われなくなった。子午環も参照。
ニュートン(I. Newton)による運動の第2法則で定義される質量。この法則は、質点の運動量 $m\boldsymbol{v}$ の時間変化はそれにかかる力 $\boldsymbol{F}$ に比例するというものである。運動方程式と呼ばれる式の形で書けば、
$$ \frac{d}{dt}(m\boldsymbol{v})=\boldsymbol{F} $$
となる。ここで物体固有の量である $m$ が変化しないとすれば、運動方程式は
$$ m\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}=\boldsymbol{F} $$
と書ける。$d\boldsymbol{v}/dt$ は加速度 $\boldsymbol{a}$ であるから、運動方程式は
$$ m\boldsymbol{a}=\boldsymbol{F} $$
となる。つまり加速度は力に比例して、その比例係数が $m$ ということになる。この $m$ のことを慣性質量と呼ぶ。慣性質量は単に質量と呼ばれることが多いが、万有引力の法則にでてくる質量(重力質量)とは原理的には異なった量であるので、そのことを強調するときには慣性質量と呼ぶ。これらの2つの質量が等しいということを主張するものが等価原理であり、エトバス(L. Eötvös)らが実験により高精度で成り立つことを示した。
レンズや鏡の曲面に沿う円の半径。非球面の場合は光軸上で接する球面の半径をいう。
星間空間において重要となる化学反応や星間分子の進化を記述する化学のことであり、化学の一分野を形成している。極低温(絶対温度10K程度)の分子雲では気相中の中性粒子の衝突ではほとんど反応が起こらないため、ごくわずかに存在しているイオンとの反応であるイオン-分子反応が極めて重要である。電離領域に接する光解離領域においては電離光子よりも低いエネルギーの光子との相互作用も重要となる。宇宙電波観測により、分子雲にはさまざまな分子種が存在していることがわかっている。その中には、種々のイオンや、不飽和な有機分子(特に炭素鎖分子)、フリーラジカルなどの反応性の高い分子などが含まれる。
外力が働かないか、外力が中心力の場合、角運動量の値が一定のまま変化しないことを述べた法則。角運動量とは、天体の位置ベクトルを $\boldsymbol {r}$、運動量を $\boldsymbol {p}$ とすると、$\boldsymbol {r} \times \boldsymbol {p}$ で表される。ここで $\times$ はベクトルの外積を示す。太陽の周りの惑星の運動の場合、太陽と惑星の2天体のみを考えると、力は双方の天体を結ぶ方向に働く中心力となるために、角運動量が保存する。このことを経験的に発見したのがケプラー(J. Kepler)であり、ケプラーの第2法則はまさに角運動量保存の法則にほかならない。
