時間領域天文学を参照
メートル条約の全加盟国が採用しやすい一つの実用計量単位系の確立を目指す国際度量衡委員会(CIPM)の努力と加盟国の協力により制定・維持されている単位系。フランス語の名称“Le Système International d'Unitès”から略称SIと呼ばれることが多い。
1960年の第11回国際度量衡総会でSIの規則と名称が定められた。SIは7つの量に対するSI基本単位とそれらから作られるSI組立単位を基に定められている。基本単位の名称と記号は以下の通りである:長さ(メートル m)、質量(キログラム kg)、時間(秒 s)、電流(アンペア A)、温度(ケルビン K)、物質量(モル mol)、光度(カンデラ cd)。物質量は1971年の第14回CGPMで追加されたものである。
科学の発展とともにSI基本単位の多くの定義が改訂されてきた。例えば時間の秒は、1799年にフランス革命政府が公布したメートル法で、地球の自転周期を基に1日(1平均太陽日)の 1/86400 としていたが、1956年のCGPMで、地球の公転周期(1太陽年)の 1/31556925.9747 と変更され(暦表時も参照)、更に1967年の第13回CGPMで、セシウム133原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍(国際原子秒)という現在の定義に変わった。長さの定義であるメートルは、当初 1879 年に白金とイリジウムの合金で鋳造された国際メートル原器の長さで定義されたが、1960年の第11回CGPMでクリプトン86原子の放射する光の波長を基に定義され、1983年の第17回CGPMで更に真空中の光速度と秒を基にした現在の定義へと変わった。これらの改訂は、測定精度の向上に定義が十分対応しきれなかった結果であり、科学の発展と測定精度の向上の歴史である。
質量の単位であるキログラムは、1889年の第1回CGPMで定められた「国際キログラム原器の質量」という定義が2018年まで用いられて来たが、2018年11月13-16日に開催された第26回CGPMで改訂された(施行は2019年)。この第26回CGPMは、SI基本単位のうち四つ、すなわちキログラム、アンペア、ケルビン、そしてモルの定義を改訂する歴史的な会議となり、「新しいSI」の時代の幕が開いた。これらの単位の新しい定義は、キログラムはプランク定数(h)、アンペアは電気素量(e)、ケルビンはボルツマン定数 (k)、そしてモルはアボガドロ定数(NA)の確定値(定義値)にもとづくことになった。この結果、SIの7つすべての基本単位が、物ではなく物理定数の式で表現されることになった。そして、これら基本単位の定義を実用的に実現する手段として、具体的な現示(実現)方法も規定された。この決議は2019年の5月20日(世界計量記念日:1875年のメートル条約締結を記念して定められた)から施行された。ただし、今回の定義の改定で問題としている精度は極めて高いので、この改定が日常生活に影響を及ぼすことはない。
2019年5月20日から施行された現行のSIの7つの定義定数とその定義値は以下のものである。
真空中の光速度 $c=2.99792458\times10^8\,{\rm m\,s}^{-1}$
セシウム133原子の基底状態の超微細遷移周波数 $\Delta\nu_{\rm Cs}=9.192631770\times10^9\,{\rm Hz}$
電気素量 $e=1.602176634\times10^{-19}\,{\rm C\, (=A s)}$
ボルツマン定数 $k=1.380649\times10^{-23}\,\,{\rm J\,K}^{-1}\,\,(={\rm kg\,m}^2 {\rm s}^{-2}{\rm K}^{-1})$
アボガドロ定数 $N_{\rm A}=6.02214076\times10^{23}\,\,{\rm mol}^{-1}$
周波数 $540\times10^{12}\,{\rm Hz}$ の単色放射の発光効率 $K_{\rm cd}=683\,\,{\rm lm\,W}^{-1}\,\,(={\rm cd sr W}^{-1})$
表1にSIの7つの基本単位の2018年までの定義と2019年から施行された新しい定義の比較を示す。また、表2には固有名称を持つSI組立単位、表3にはその他のSI組立単位の例(いずれも「理科年表」2019年版(丸善)より)を示す。
今回の定義改訂により、その基礎となった物理定数は「定義定数」となりその定義値は今後変わることがないが、それは決してそれらの物理定数を今後より高い精度で測定する努力を否定するものではない。物理量の高精度の測定は科学の進歩の基礎である。
SIの基本単位と組立単位の一覧は本辞典の「有用な諸データの表」にもある。
https://astro-dic.jp/about/table/
SIの基本単位と組立単位
https://astro-dic.jp/si-units/
第26回国際度量衡総会で「新しいSI」決議を採択したセッションの録画画像。日本の議決権行使はタイムスタンプの10:09。
https://youtu.be/gimwAPQbHOw
スーパーカミオカンデの後継観測装置として、岐阜県神岡鉱山の地下に日本を中心とする国際協力で建設中の巨大な水チェレンコフ検出器。超純水26万トンを密封した直径68 m、高さ71 mの円筒形のタンクと、チェレンコフ光を観測する光センサーとしてタンクの壁に据え付けられた約4万本の光電子増倍管とその信号を扱う電子回路などから構成される。
空洞掘削工事は2021年5月に開始され2025年6月に完了し28-29日にかけて空洞掘削完了記念見学会が行われた。その後水槽の建設、2026年に水槽への光センサーの取り付け、2027年に注水開始、2028年に観測開始を予定している。
ニュートリノ天文学も参照。
ホームページ:https://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/hk/
極めて短時間(典型的には1秒から10秒程度)に、軌道をほぼ同じくする流星が数個から数十個、ほぼ同時に出現する現象。1997年のしし座流星群で初めて存在が認識された。
2001年のしし流星群の例の解析の結果、比較的大きな流星体が地球に突入する直前(数日から一週間程度前)に分裂したものと考えられ、そのメカニズムを提案した論文で使われた流星クラスターという言葉が定着したものである。これまで10例ほどしか観測されていない非常に希な現象だが、高感度カメラのおかげで観測例は増えつつあり、特に朝日新聞と国立天文台が協力してハワイ・マウナケアのすばる望遠鏡施設に設置された星空カメラ(朝日新聞宇宙部を参照)では2021年から2024年まで3例のクラスター現象を観測することに成功している。
2025年8月13日 00:57:04(JST)頃に観測されたペルセウス座流星群に属する流星クラスター現象(青森県・星と森のロマントピア天文台「銀河」撮影・提供)
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を観測するために南極に設置されたマイクロ波からミリ波帯域の電波望遠鏡。略称のSPTで呼ばれることが多い。ファーストライトは2007年で、北アメリカの9つの大学及び研究機関が参加するSPT Collaborationが運用を行っている。近年ではイベントホライズンテレスコープを構成する望遠鏡の一つでもある。設置場所はアムンゼン-スコット基地から1キロメートルほど離れた南極点のごく近くの標高約2800メートルの地点である。
この望遠鏡は口径10 mの軸外しグレゴリー式望遠鏡(グレゴリー焦点を参照)である。架台は経緯台式であるが、設置場所が南極点に近いため、実質上赤道儀式と同じになる。約1平方度という広い視野を有し広天域のサーベイ観測を行っている。
初代の検出器(SPT-SZカメラ)は2011年に南天2500平方度をサーベイして、スニアエフ-ゼルドビッチ効果により多数の銀河団を検出した。第2代のSPTPolカメラは500平方度の天域を非常に深くサーベイした。2017年に95,150,220 GHzが観測できる約16,000の検出素子を有する第3代のSPT-3Gカメラが搭載され、インフレーション理論の証拠となるCMBの偏光(Bモード)およびダークエネルギーの性質を調べるための観測を行っている。
ジェレミア(ジェリー)・ポール・オストライカー(Jeremiah "Jerry" Paul Ostriker; 1937-2025)はアメリカの宇宙物理学者である。
ニューヨークのマンハッタンで生まれ、ハーバード大学で物理学と化学の学士号を取得し、在学中の1958年に妻のアリシアと結婚、1964年にシカゴ大学で天体物理学の博士号を得た。その後イギリスのケンブリッジ大学で研究員を務め、1965年にプリンストン大学の教員となり1971年に教授となった。1979年から1995年までは宇宙物理学科の学科長兼プリンストン大学天文台長、1995年から2001年までは副学長を歴任した。2001年から2003年までケンブリッジ大学のプルミアン教授職を務めた。2005年にプリンストン大学に戻り、プリンストン計算科学工学研究所(PICSciE)の所長を務めた。2012年にプリンストン大学名誉教授となり、同年から2017年まではコロンビア大学教授を務めた。
オストライカーは1970年代初頭から多くの若手研究者を指導育成し、宇宙物理学と宇宙論の幅広い分野で重要な貢献を果たした。特に1973年にピーブルズ(P.J.E. Peebles)と共著で出版した、渦巻銀河の力学的安定性に関するコンピュータシミュレーションの論文は、銀河がダークマターの巨大なハローの中にあることを最初に提唱したものとして有名である。さらに1974年にはヤヒール(A. Yahil)も加えた論文で、銀河のダークマターハローは通常の物質(バリオン)の10倍以上の質量をもつことを示し、宇宙の物質密度の新たな推定値を求めた。
また彼は、恒星からの電離放射や超新星爆発によって注入されるエネルギーにより、星間物質にさまざまな相ができ、その中で星生成が起きる物理過程を明らかにした。この研究は銀河間物質の研究にも広がり銀河形成過程の理解にも貢献した。とりわけスーパーコンピュータを用いた宇宙論的流体シミュレーションによる研究は、宇宙のミッシングバリオン問題の解決に向けて大きな影響を与えた。超新星爆発の衝撃波による宇宙線の衝撃波加速についても研究した。1995年にはシュタインハート(P.J. Steinhardt)とともに、現在の宇宙の標準モデルであるΛCDMモデルの原型ともいえる調和モデル(Concordance Model)を提唱した。新世代の銀河サーベイの端緒となったスローンデジタルスカイサーベイ(SDSS)でオストライカーは、多くの国々の天文学者たちの国際協力体制の構築において重要な役割を果たした。
1980年にアメリカ天文学会ヘンリー・ノリス・ラッセル講師職、2000年にアメリカ国家科学賞、2004年にイギリス王立天文学会ゴールドメダル、2011年にブルースメダルなど数多くの賞を受賞している。2025年4月、ニューヨーク・マンハッタンのアッパー・ウエスト・サイドの自宅で死去。87歳。
プリンストン大学の追悼記事
https://www.princeton.edu/news/2025/04/14/astrophysicist-jeremiah-p-ostriker-pioneer-modern-cosmology-and-source-inspiration
さまざまな天文観測装置が生み出した公開データ(観測者などが占有する期間が過ぎたものなど)を一般に広く提供し、利用を促進するとともに研究結果の検証を可能とするシステムを開発・提供するサイトおよびその活動の名称である。国立天文台(NAOJ)の天文データセンター(NAOJ/ADC)が中心となって開発と運用を行っている。国立天文台のすばる望遠鏡、同岡山天体物理観測所(現ハワイ観測所岡山分室)の188cm望遠鏡、 東京大学木曽観測所の105cmシュミット望遠鏡、東京科学大学のMITSuME望遠鏡群、広島大学東広島天文台のかなた望遠鏡、兵庫県立大学西はりま天文台のなゆた望遠鏡、京都大学岡山天文台のせいめい望遠鏡のデータを提供している。名前は、Subaru-Mitaka-Okayama-Kiso-Archiveの頭文字を取った略語で、エスモカと発音される。
1994年2月に、国立天文台の天文学データ解析計算センター、岡山天体物理観測所(いずれも当時の名称)、東京大学木曽観測所の担当者や有志により、SMOKAの前身であるMOKAの開発が始められ、1995年6月に運用が開始された。2001年6月には、MOKAのシステム拡充を行った上ですばる望遠鏡のデータを加えた現在のSMOKAの運用が開始された。
公開データの観測装置数は運用開始から年々増え続けており、2025年現在約40 にのぼる観測装置のアーカイブデータを検索するためのさまざまな手法が用意されている。また、SMOKAの基本システムとは別に提供しているデータがある。それらは、木曽観測所の105 cmシュミット望遠鏡による約7000枚の写真乾板をデジタル化したデータ、SMOKAに収蔵されている観測データに対応したデジタル一眼レフカメラによる全天モニタ画像(対象設備は、岡山天体物理観測所、東広島天文台、MITSuME望遠鏡(明野)、木曽観測所、すばる望遠鏡)、およびトモエゴゼンのデータ(一部)である。これらは検索やデータ提供の仕組みが異なるため、それぞれSMOKAとは別のシステムで提供している。
SMOKAが提供するデータ(大部分は生データだが一部の観測装置については処理済データもあり)は、さまざまな波長の天文観測データの保存に最も広く使われている FITS形式である。SMOKAの利用は非営利の研究教育の目的に限られているが、利用登録は天文研究者のみならず教員や社会教育施設関係者、アマチュア天文家、天文愛好家など広い範囲に開かれている。
SMOKAは海外の天文研究コミュニティの間にも広く知られており、国内だけではなく国外からも登録がある。SMOKA からダウンロードしたデータを利用した主な査読論文誌での論文数は2025年現在で累計で300本以上に上っている。
ホームページ:https://smoka.nao.ac.jp/index.ja.jsp
イタリアとアメリカの研究者を中心とするグループが、気球に搭載した口径1.3mのミリ波望遠鏡により、南極上空の高度約40 kmから宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を観測した実験。アメリカの南極観測基地であるマクマード基地から気球を放球した。名称は Balloon Observations Of Millimetric Extragalactic Radiation And Geophysics (気球によるミリ波の銀河系外放射と地球物理学の観測)の英語名称の頭文字から付けられた。
1998年の観測では、南極上空を渦巻く極渦と呼ばれる気流に乗り、10.5日間で約2000平方度の天域を4つの周波数帯(90, 150, 240, 410 GHz)で観測し、CMBの温度ゆらぎを精密に測定し、宇宙が平坦(曲率が0)であるとするΛCDMモデルの予想と合致することをはじめて明確に示した。このことは後のWMAP衛星(2001年)とプランク衛星(2009年)によっても確認された。2003年の観測ではCMBの偏光を測定した。
ハワイのマウナケア山頂のすばる望遠鏡とカナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(CFHT)、および東京大学木曽観測所をはじめとする日本各地からの星空のライブ配信や天文ニュースの解説を行っているYouTubeチャンネルとそれに付随する活動プロジェクト。朝日新聞の内部組織である。東山正宜記者が立ち上げ、少人数で個人活動に近い形で運営されている。
2019年に東山記者が木曽観測所の協力を得て構内から星空中継を開始したことに始まる。2021年には、天文イベントの解説やはやぶさ2探査機などの話題を取り上げるYoutubeの「宇宙部」チャンネルとして始動するとともに、すばる望遠鏡施設(ドームの作業用足場キャットウォークの手すり)にライブ中継カメラを設置した。2020年に朝日新聞社と東京大学の協定が結ばれ、2022年には国立天文台とも締結されて朝日新聞社の公認プロジェクトとなった。2023年には星空カメラを4K対応に更新した。マウナケア山頂のカメラでは東向きの撮影しかできなかったが、2025年からは、CFHTの協力を得て新たにカメラを設置し、西向きの撮影もできるようになった。2025年現在でのチャンネル登録者数は11万人を越えている。
Youtubeチャンネル:https://www.youtube.com/@astroasahi
すばる望遠鏡超広視野多天体分光器を参照。
すばる望遠鏡のために開発されたファイバー型多天体分光器で、直径1.25度という主焦点超広視野中の最大約2400個の天体の紫外線から近赤外線までのスペクトルを同時に取得(分光観測)することができる(分光器本体は望遠鏡ドーム内にある)。暗い銀河の分光サーベイ(サーベイ観測を参照)用としては、2025年時点で世界最高性能を有する分光装置である。略称のPFSが広く用いられてきたが、
2025年11月に、ハワイ語の「ʻŌnohiʻula」(オーノヒウラ)という名称が与えられた。「オーノヒウラ」には「私たちの起源を解き明かす」という意味が込められている。「ʻŌnohi」は「目で認識するもの」を意味し、「ʻula」は「赤」を意味し、ʻŌnohiʻula で PFS が観測する膨大な数の赤方偏移銀河と、それに基づく宇宙初期と銀河進化の研究―すなわち「私たちの起源」への探求を想起させる。これはハワイ大学ヒロ校でハワイ語とハワイ文化研究を行っているラリー・キムラ教授から与えられたものである。
PFSが宇宙における銀河の三次元分布(宇宙地図)を描く能力は、現在の宇宙地図の限界(約20億光年まで)を遥かに超えて100億光年以上の彼方まで届き、宇宙と銀河の進化過程の研究を飛躍的に発展させる推進力になると期待されている。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)と国立天文台(NAOJ)を中心とする大規模な国際共同研究組織(PFSコラボレーション)は、およそ15年の歳月をかけてこのPFS装置の開発を行うとともに、研究者の組織作りと科学目標の策定、360夜に及ぶ大規模なサーベイ観測の検討を進めた。この観測計画はすばる戦略枠サーベイとして採択され、2025年上半期(2/1-7/31)の3月から、一般共同利用観測と並行して本格的に観測が開始された。
PFS装置のハードウェアは、ファイバーとその駆動装置(ファイバーポジショナー)などを搭載した主焦点装置(PFI)、焦点面上のファイバー先端の位置を正確に測定するメトロロジカメラシステム(MCS)、分光器システム(SpS)、焦点面に結像した天体の光をSpSへと伝達するファイバーシステムからなる。また、これらとは別に夜光スペクトルをモニターするための装置(SuNSS)がある。PFSの主焦点補正光学系はハイパーシュプリームカム(HSC)用に開発されたものを利用している。
SpSは専用の恒温クリーンルームに設置された4組の同じ規格の分光器(モジュール)からなる。それぞれのモジュールは入射する可視光全域から近赤外線の一部まで(波長380 nm - 1260 nm)の光を2枚のダイクロイックミラーによって青、赤、近赤外の3つの波長帯に分割して3つの受光素子(カメラ)で低分散スペクトル(波長分解能は2500から4500)を撮影する。赤チャンネル(波長630 - 970 nm)には分散素子交換機構があり、一部の波長域(710 - 885 nm)において少し高い波長分解能(5500; 中分散)のスペクトルを取得するセッティングも可能である。各モジュールが約600本のファイバーを担当し、全体で約2400のスペクトルを同時取得できる。
光ファイバーの先端は主焦点面上で8 mm間隔の蜂の巣状(6角形パターン)に並べられているが、それぞれのファイバーは直径9.5 mmの円形内を動くことができるので、6角形の視野の100%の領域が観測可能である。ファイバーポジショナーがコブラ(Cobra)と愛称されるのは、先端を移動させる細長い器具の動きがコブラの首の動きを想像させるからである。目的とする天体の位置にファイバーを精密配置する時間は2分以内を目標としている。
MCSはカセグレン焦点に取り付けられた大フォーマットのCMOSカメラで、分光器側から照らされた主焦点面上の2400本のファイバー先端の画像を撮影し高精度で位置を測定する。これによりファイバーを天体の位置に正確に配置することが可能になる。望遠鏡の主焦点から望遠鏡ドーム内の分光器に至るファイバーの全長はおよそ65 mあり、約600本ずつ4組にまとめられてそれぞれの分光器モジュールへと接続される。
一方PFS装置のソフトウェアは、観測計画立案から観測の実行、観測データの処理・較正までを複数のパッケージや関連データベースで網羅する構成になっている。特定の夜における単一の露出だけでなく、複数回にわたる観測の進捗が最大となるよう望遠鏡の指向中心や焦点面でのファイバー配置等を最適化して観測計画は立案される。計画に沿って望遠鏡と装置を制御して露出を行い、取得されたデータ(2次元スペクトル画像)からまず2次元パイプラインで較正済1次元スペクトルを抽出し、さらに1次元パイプラインで恒星や銀河の物理的性質を表す種々のパラメータを測定する。
PFSプロジェクトは、2025年3月から本格観測が始まったすばる戦略枠サーベイで次の大きな科学目標を掲げている。
銀河の暗黒物質 -- 宇宙はどのようにして生まれたのか?
宇宙論 -- 宇宙に終わりはあるのか?
銀河形成の歴史 -- なぜ我々は存在するのか?
PFSプロジェクトへは、Kavli IPMUとNAOJに加え、アメリカ、フランス、ドイツ、ブラジル、中国、台湾から20以上の研究機関が参加している。また、PFSによるすばる戦略枠サーベイには日本の多くの研究機関から多数の研究者が参加し貢献している。
PFSプロジェクトは8 mというすばる望遠鏡の大口径を活かして、同時期に実施されている赤方偏移サーベイであるダークエネルギー分光装置(DESI)サーベイよりも高品質のデータを得て、宇宙論やさまざまな分野の天文学研究に大きな貢献をすることが期待されている。
PFSのホームページ
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli-IPMU)
https://pfs.ipmu.jp/ja/
国立天文台(NAOJ)
https://www.nao.ac.jp/research/project/pfs.html
PFSプロジェクトの科学目標と観測のイメージを紹介する動画。Kavli-IPMUの上記サイトにあるものを転載。
Credit:Kavli IPMU/NAOJ/Studio LiNDA
キットピーク国立天文台の口径4 mメイヨール望遠鏡の主焦点用の広視野主焦点補正光学系とともに開発された、約5000本の光ファイバーをもつ多天体分光器(Dark Energy Spectroscopic Instrument: DESI; デジーと発音される)システム。約110億年昔(赤方偏移にしてz~2.3)から現在までの宇宙膨張の歴史を描き出すことにより、ダークエネルギーの理論モデルを検証することを主目的とするサーベイ観測のために開発された。
DESIサーベイでは、全天の約1/3にあたる14000平方度の天域を観測し、そこにある約3000万個の銀河のスペクトルを取得して銀河およびクェーサーの赤方偏移を測定する。赤方偏移から各銀河とクェーサーまでの距離を推定して、それらの三次元分布(宇宙地図)を作成する。その三次元分布の詳しい解析から、宇宙において天体の距離を測る標準尺となるBAOスケール、すなわちバリオン音響振動(BAO)が銀河分布に刻み込んだパターン(BAOバブル)の大きさ、の観測から宇宙膨張の歴史を描きだす。
可視光の検出装置が写真乾板からCCDに代わった新世代の銀河サーベイと見なされたスローンデジタルスカイサーベイ(SDSS)を、望遠鏡の口径と多天体分光器のチャンネル数および技術進歩による効率化で凌駕する大規模サーベイである。5年間を予定している主観測は2021年5月に開始された。2022年に大規模な山火事があったが幸いにも望遠鏡と装置に被害はなかった。最初の1年分の観測データは2025年3月に公開され(DR1)、その後のデータも含めた初期成果も公表された。観測は2028年まで継続される予定である。
DESIサーベイの分光対象を選び出すために、チリのセロトロロ汎米天文台の口径4 mのブランコ望遠鏡と、キットピーク天文台の口径2.3 mのBok望遠鏡とメイヨール望遠鏡の3つの望遠鏡による三色(g, r, zバンド)での撮像サーベイ観測が行われた。それらから選び出された分光対象は以下のカテゴリーに分かれている。
(1) 約20等より明るい銀河(BG: z=0.4 まで; 月のある夜でも観測できる)
(2) 明るい赤色銀河(LRG: z=1 まで)
(3) 輝線銀河(ELG: z=1.6 まで)
(4) クェーサー(z=3.5 程度先まで)
(5) クェーサーのスペクトルに見られるライマンα雲(2.1<z<3.5)
(6) 天の川銀河(銀河系)内の恒星(ダークエネルギーの研究とは別の目的)
新たな補正光学系を備えたメイヨール望遠鏡の主焦点の視野直径は3度である。DESIは、その焦点面で5000個の光ファイバー端を制御するロボット式ファイバーポジショナー、天体の光を分光器まで送る長さ50 mの5000本の光ファイバー、10台の分光器、それらを制御する制御系およびデータ解析システムなどからなる巨大なシステムである。新しい視野を観測するためファイバーポジショナーが5000本のファイバー端の配置換えを行うのに必要な時間はわずか3分である。10台の分光器は主焦点のはるか下のドーム床にある温度制御された部屋に置かれている。各分光器は入射光を青(${\small 360<\lambda<555\,{\rm nm};R= 2,000-3,200}$)、赤(${\small 555<\lambda<656\,{\rm nm};R= 3,200-4,100}$、赤外(${\small 656<\lambda<800\,{\rm nm};R= 4,100-5,000}$)の3つの波長帯に分けてスペクトルを記録できる(${\small\lambda}$ は波長、${\small{R}}$ は 波長分解能)。
DESIは、オーストラリア、中国、コロンビア、フランス、ドイツ、韓国、メキシコ、スペイン、スイス、イギリス、アメリカなど世界各国の70を越える研究機関に属する450名以上の研究者からなる国際共同研究の成果である。装置の建設費用は主にアメリカ合衆国エネルギー省科学局とアメリカ国立科学財団(NSF)、イギリス、フランス、メキシコの科学技術担当局、ゴードン・アンド・ベティ・ムーア財団、ハイジング・シモンズ財団、及び多数の協力機関によって賄われた。DESIサーベイの運用は、エネルギー省科学局の資金によりローレンス・バークレイ国立研究所が行っている。
2025年3月に公開されたデータ(DR1)には、約1310万個の銀河、160万個のクェーサー、および4万個の恒星のスペクトルが含まれる。この初期データは現在の標準宇宙モデルであるΛCDMモデルと合致するものであったが、ダークエネルギーの影響が時間とともに弱まっている兆候がはじめて検出されたことで、学界に多くの議論を巻き起こした。2025年10月には次のデータ(DR2)をリリース、2026年4月に5年間のミッションを完了し、当初計画よりも多い4700万個以上の銀河とクェーサーをマッピングし、これまでで最大の高解像度の宇宙地図を作成した。恒星も2000万個観測している。この5年間の観測を使ったダークエネルギーの結果は2027年に発表予定である。
DESIは2028年まで観測を継続し、サーベイ面積を14000平方度から17000平方度へと拡大、総計6300万個の銀河の赤方偏移の観測を目指している。
ホームページ
https://www.desi.lbl.gov/
レガシーサーベイのビューワー
https://www.legacysurvey.org/viewer
DESIの観測データから作られた数百万銀河の分布する空間を旅する動画。Fiske Planetariums による。
https://www.youtube.com/embed/fQkFS5yot5I?si=lzsof88JL-ZT1twc"
天の川銀河(銀河系)の研究のためにDESIで観測された恒星の分布を描く動画。青色から赤色になるにつれて恒星の金属量が多い(年齢が若い)恒星を表している。
https://www.youtube.com/embed/jkWHrOPow-U?si=iIMBlstU2Qs1vObN"
https://www.youtube.com/watch?v=VSTGiRLWzS4&t=3s
DESIの焦点面にある5000個のロボット式ファイバーポジショナーの3Dモデル。
https://www.youtube.com/watch?v=KjBVKCfIqTA
真の大きさがわかっているか、何らかの方法でそれが精度良く推定できる天体のこと。英語では standard rod と呼ばれることもある。標準尺の見かけの大きさを観測して求め、これと真の大きさを比較すれば、三角測量の原理でその天体までの距離が分かる。これまでに標準尺として銀河団中心の巨大楕円銀河、電波源のごく中心領域などの天体が提案されたが、最近ではバリオン音響振動(BAO)の作り出すパターンであるBAOピーク(BAOバブルともいう)が有望な標準尺として研究が進んでいる。
真の明るさが既知あるいは推定可能な天体は標準光源と呼ばれる。標準光源と標準尺は宇宙膨張の歴史を知る上で必須のものである。宇宙の距離はしごも参照。
差動回転する薄い円盤構造が重力不安定性を起こすかどうかを判定するパラメータ。恒星からなる銀河円盤(ディスク)やガスからなる原始惑星系円盤の性質の研究に重要な役割を果たす。トゥームレの $Q$ パラメータと呼ばれることもある。名称は、銀河円盤の重力不安定性の研究で1964年の論文でこの判定基準を提唱したトゥームレ(A. Toomre; 1937- )に由来する。彼は、初期の相互作用銀河のコンピュータシミュレーションでも大きな業績を挙げた。
このパラメータは、ジーンズ不安定性基準の「回転する薄い円盤バージョン」とも言える。差動回転する薄い円盤の力学状態は、自己重力によって重力収縮しようとする効果と、それを妨げる効果、すなわちジーンズ不安定性の場合の圧力のみならず差動回転によるシアーが重力収縮を妨げる効果をそれに加えたものとの兼ね合いで決定される。前者を分母に、後者を分子に取った値がトゥームレの $Q$ 値である。 $Q$ 値は円盤内の場所毎に定義され(局所的な解析)、 $Q$ が1よりずっと大きければ円盤は安定で、密度ゆらぎ(密度の粗密パターン:摂動)は成長しない。逆に $Q$ が1より小さいと、わずかな密度ゆらぎにより渦巻腕状のパターンができたり、密度の高い場所が重力収縮して円盤が分裂して惑星が形成されたりするなどの重力不安定が起きる。
ガス円盤に対する具体的な $Q$ 値は
$$Q=\frac{\kappa{c_{\rm s}}}{\pi{G}\Sigma}$$
と表される。ここで $\kappa$ はエピサイクリック運動の周期(半径方向の摂動の波数)、 $c_{\rm s}$ は音速、 $\pi$ は円周率、 $G$ は重力定数、 $\Sigma$ は円盤の密度である。恒星からなる円盤に対しては
$$Q=\frac{\kappa\sigma_{\rm R}}{3.36{G}\Sigma}$$
となる。ここで$\sigma_{\rm R}$ は、星の速度分散の半径方向成分である。大局的な銀河円盤全体のシミュレーションからは、$Q\sim1-2$ の銀河円盤で渦巻腕状のパターンが保持されると考えられている。
ロバート・W・ウィルソン(Robert W. Wilson; 1936- )は、アメリカの天文学者、物理学者。テキサス州ヒュ
ペンジアスとウィルソンは1977年、全米科学アカデミーのヘン
参考:https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1978/wilson/biographical/
アーノ・A・ペンジアス(Arno A. Penzias; 1933-2024)はアメリカの天文学者、物理学者。宇宙マイクロ波背景放射の発見によってウィルソン(R.Wilson
ドイツのミュンヘンに生まれ、6歳の時にナチスによる迫害から逃
1964年、この高感度アンテナによる観測中に二人
参考:https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1978/penzias/biographical/
プラネタリーバウンダリーを参照。
安定した環境を維持する地球で、人類が安全に活動できる範囲を科学的知見に基づいて定量化したもの。環境の変化に対して地球システムが持つ自然の回復力(レジリエンス)の限界にほぼ対応する。この限界内で人間活動が行われればそれは安全かつ持続的である。人間活動の影響がこの限界を超えると、地球は自然の回復力で元の状態には戻れず、不可逆的で壊滅的な変化が起きるとされている。英語のカタカナ読みが広く使われているが、日本語では「地球の限界」あるいは「惑星限界」が使われることもある。
プラネタリー・バウンダリーは、ストックホルム・レジリエンスセンターのロックストローム(Johan Rockström 1965 - ;現在はポツダム気候影響研究所所長)ら国際的に著名な28人の研究者による2009年の論文で提唱された概念である。論文はEcology & Society誌に掲載されたが要約はネイチャー(Nature)誌にも掲載され、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)の策定にも大きな影響を与えた。
ロックストロームらは2009年の論文で、生命維持に必要な地球環境を評価する9つのシステムを定義し、当時の科学的知見に基づいてそのうちの7システムについては以下のように限界値の定量化を行った。
(1) 気候変動
「大気中の二酸化炭素濃度が350 ppm以下」と「産業革命以来(1750年以降)の放射強制力(放射エネルギー収支)増加量が +1 W m-2以下」のどちらかあるいは両方。
(2) 海洋酸性化
地球全体の表層海水中のアラレ石(CaCO3)の飽和状態が産業革命以前の80%以上(酸性化が進むと値が低下する)。
(3) 成層圏のオゾン
全オゾン量の減少が産業革命以前の値(290ドブソン単位)の5%以内。
(4) 生物地球化学的循環
窒素(N)サイクルでは、工業と農業のための大気中の窒素固定を年間35(百万トン単位)以下。リン(P)サイクルでは、人工的な海洋への流入量が自然の風化によるレベルの10倍以下。
(5) 世界全体での淡水利用
年間4000 km3以下。
(6) 土地利用の変化
氷に覆われていない地表面積の農耕地への変換は15%以下。
(7) 生物多様性の損失速度
100万種あたりの年間絶滅種が10種以下。
残る以下の2システムについては定量的な限界値が求められなかった。
(8) 化学物質による汚染
(9) 大気中のエアロゾル
この論文は大きな反響を呼び、以後多くの研究が行われるようになった。プラネタリー・バウンダリーの概念と地球環境の現状を表したものが図1である。これ以外にも異なる時点のデータに基づくさまざまなバリエーションが存在する。ストックホルムのレジリエンス・センターが作成した2009年、2015年、2023年の図を並べたものが経年変化が見やすいのでそれを図2に示す。2009年では7つのシステムが評価され、3つのシステムで限界値がすでに越えられたと判定されたが、2015年にはそれが1つ増えて4つのシステムで限界値が越えられ、9つのシステム全てが評価された2023年には6つのシステムで限界値が越えられた。
過去100万年の間に地球では氷期と間氷期が約10万年周期で繰り返されてきた(ミランコビッチサイクルを参照)。現在は直近の氷期が終わった後、今から約1万2000年昔に始まった間氷期にある。この期間は暖かく比較的安定した気候で、地質時代としては完新世(Holocene)と呼ばれている(図3)。人類は完新世の中で繁栄を築いてきたが、地球温暖化に見られるようにその活動が地球環境に大きな影響を与えるまでになってきた。プラネタリー・バウンダリーの多くのシステムで限界値が越えられて不安定な領域から高リスク領域に進むと、地球環境に不可逆的な変化が短期間に起き、完新世の終わりにつながることになるかもしれない。
参考サイト
ストックホルム・レジリエンスセンター
https://www.stockholmresilience.org/
ポツダム気候影響研究所
https://www.pik-potsdam.de/en
環境省解説資料
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h30/pdf/1_1.pdf
放射性元素の放射性崩壊を利用して親元素と娘元素の比から岩石や化石などの年代を測定すること。この方法で測定した年代は放射年代と呼ばれる。
対象とする親元素がある測定対象に固定されて移動しなくなった出発時点(たとえば生物が死んだときや鉱物が結晶化したとき)から、親元素の娘元素に対する比は対象の中で減少し続ける。推定したい時間の長さに適した半減期を持つ放射性元素を利用して、出発点から現在までの経過時間を推定することができる。炭素(14C)から窒素(14N)への崩壊(半減期約5730年)やカリウム(40K)からアルゴン(40Ar)への崩壊(半減期約12.8億年)などがよく用いられる。前者は放射性炭素年代測定と呼ばれ、地層中から出土した有機物などに広く適用されている。
恒星内部での対流は、放射でエネルギーが運ばれるのに必要な温度勾配(放射温度勾配∇rad)が断熱温度勾配(∇ad)よりも大きい時(∇rad > ∇ad)に起こる。恒星内部構造のモデルを計算する際、対流-放射層境界を、∇rad = ∇ad の場所(球殻)に設定するのが最も単純であるが、∇rad = ∇ad の位置は、流れの加速度がゼロとなる地点で、流れが止まる場所ではないので、実際の対流層境界はそこからある程度放射層に入り込んだ場所であることが想像できる。この現象が対流オーバーシューティング(convective-overshooting)である。この距離を理論的に知ることは困難なので、その場所での圧力変化スケール長(pressure-scale-length)の~10%くらいの距離のオーバーシューティングがあることを仮定することが多い。実際には、オーバーシューティングは時間的にも場所的にも定常的ではない。例えば、対流核の境界では大きな対流渦の運動により境界が歪められ、その時間変化により内部重力波(IGW)が発生する。それは恒星表面まで伝播し振幅の非常に小さい不規則な変光を生じる。それらは、TESS衛星による精密な測光観測により、大質量主系列星で観測されている。
