放射線
よみ方
ほうしゃせん
英 語
ionizing radiation
説 明
高い運動エネルギーを持つ粒子の流れと高エネルギー(数百keV以上)の電磁波の総称。「粒子の流れ」と「電磁波」という異なる種類のものが同じ放射線という名前で呼ばれていることに注意が必要である。
放射線は自然界に存在するので、大昔から人間は放射線に取りまかれた環境で生きてきた。しかし、特別な場合をのぞき放射線は人体で直接感じることができないため、放射線の存在は19世紀末まで人類に知られていなかった。20世紀になって急速に研究が進み、現在では人工的に発生させた放射線が社会のいろいろな場面で利用されるまでになった。放射線は物質を透過する力が強く、透過する際に物質中の原子と相互作用して原子を電離あるいは励起する。このため放射線は生物にとって有害である。放射線を浴びる量が多くなると人体にもさまざまな悪影響が生じ、多量に浴びると死に到る。
放射線は主に放射性元素の原子核から放射される。自然界にある元素の原子核は陽子と中性子(まとめて核子と呼ぶ)からできている。核子の総数は質量数と呼ばれる。原子核中の陽子の数(原子番号)が同じ(すなわち同じ元素)でも中性子数が異なる原子核がありそれを同位体(アイソトープ)あるいは同位元素と呼ぶ。同位体は同じ元素として周期表では同じ位置を占める。同位体の原子核を一つずつ区別する用語が核種である(核図表も参照)。原子核中の陽子と中性子の数のバランスが悪いと不安定になり、ある時間がたつと自発的に放射線を出して別の核種になるものがある。これが放射性元素である。そのような同位体を指すときは放射性同位体(ラジオアイソトープ)ともいう。原子核が放射線を出して別の核種に変わることを放射性崩壊(あるいは壊変)という。一般には、「放射性物質(放射性元素だけでなくそれを含む物質全体を指すこともある)から放射線が出る」と表現されることも多い。放射性元素が放射線を出す性質を放射能と呼ぶが、日常では、「放射線が出ている」ことを「放射能がある」と言うなど、「放射能」はいろいろな使われ方をしている(図1)。
粒子の流れである放射線(粒子線ともいう)には、アルファ($\alpha$)線、ベータ($\beta$)線、中性子線、陽子線、重粒子線などがある。アルファ線の粒子は陽子2個と中性子2個からなるヘリウムの原子核(アルファ粒子ともいう)で、ベータ線の粒子は電子である。中性子線と陽子線の粒子はその名の通り陽子と中性子である。重粒子線の粒子はヘリウムより重い(一般に炭素より重い)原子の原子核である。一方放射線に分類される電磁波は、エネルギーの高いガンマ($\gamma$)線とX線である(図2)。
アルファ、ベータ、ガンマの名前はイギリスの物理学者ラザフォード(E. Rutherford, 1871-1937)による。彼は1898年にウランやトリウムなどから2種類の放射線が出ていることを発見し、それらをアルファ線、ベータ線と名付けた。1900年にはフランスの化学・物理学者ビラール(P.Villard,1860-1934)が透過力の高い3番目の放射線を発見し、これをラザフォードがガンマ線と名付けた。X線はそれらより前の1895年にドイツの物理学者レントゲン(W. Röntgen, 1845-1923)が発見し、正体不明だったのでX線と命名した。アルファ線、ベータ線、ガンマ線は放射線の主要なものである。
アルファ線を放射するアルファ崩壊(アルファ壊変)は、放射性元素のなかでもウランやラジウムなど、原子核中の核子の数が多い重い元素でおきる。陽子2個と中性子2個からなるアルファ粒子を放射するので、原子核は崩壊後に原子番号が2、質量数が4ほど小さな原子核に変化する(図3)。ベータ崩壊では、原子核中の中性子1個が陽子に変わりそのときに高速電子(ベータ線)とニュートリノが放射される。ベータ崩壊では、原子核の質量数は変わらず原子番号が1つ大きな原子核に変化する(陽子1個が陽電子を放射して中性子に変わるベータプラス崩壊では、原子番号が1つ小さな原子核になる)。ガンマ線は、アルファ崩壊やベータ崩壊直後に励起状態になった原子核が安定状態になるときに放射される(図3)。
放射線の透過力はさまざまである(図4)。主な放射線の中ではアルファ線が最も透過力が弱く、大気中で10 cm 程度(人体内で数10 μm程度)までしか進めない(物質中の原子核との相互作用でエネルギーを失う)。アルファ線は紙1枚で遮蔽することができる。ベータ線は大気中で数 m程度(体内で数mm程度)進むが、薄いアルミ板程度で遮蔽できる。ガンマ線は大気中で数10 m以上(体内で数cm以上)進むことができ、鉛や鉄の板でないと遮蔽できない。中性子線は電荷を持たないので物質との相互作用が他の放射線と異なり、鉛や鉄の板では遮蔽できない。遮蔽には水素を多く含む水やコンクリートが有効である。
放射線には私たちの身の回りに存在する自然放射線と人工的に作られる人工放射線がある。自然放射線には、宇宙から降り注ぐもの(宇宙線)、大地や岩石の中にある放射性元素から大気中に放射されるもの、食物の中に含まれる放射性元素から放射されるものなどがある。宇宙から地球大気に飛び込んでくる放射線(1次宇宙線)は主に陽子だが、それが地球大気の酸素や窒素の原子核と衝突して高エネルギーの原子核(重粒子)、ミューオン、電子、ガンマ線などの放射線(2次宇宙線)が発生する。大地に含まれるウラン(U)、トリウム(Th)などの放射性同位体からはガンマ線が出ている。図3のウラン系列中のラドン(Rn)は貴ガスとして大気中に存在する。土壌や食物に含まれるカリウム(K;原子番号19)には3種の放射性同位体(39K, 40K, 41K;左肩数字は質量数)がある。その割合は39Kが93%、40Kが0.012%、41Kが6.7%であるが、そのうち40Kのみが放射性同位体である。自然放射線を出す放射性元素は、呼吸や食物などを通じて人間の体に取り込まれる。カリウムは人間の体に欠かせない栄養素であり、体内に同位体3種全体で体重の0.2%程度含まれている。自然放射線の量は場所や地域によって異なる。
一方、人工放射線は人間が装置などによって人工的に作りだすもので、医療検診やCTなどで用いるX線、ガンマナイフ治療に用いるガンマ線、癌の治療に用いる重粒子線、研究用に加速器で作られるX線・陽子線・中性子線、原子炉から出る放射線などがある。これらは一般の環境に漏れ出ないように厳重な管理下で使用される。核実験を含む原子爆弾の爆発で発生する大量の放射線や、原子力発電所の事故で大気中に漏れ出す放射線も人工放射線である。1963年にアメリカ、イギリス、ソ連により部分的核実験禁止条約が締結されるまでは、大気中や海中での核実験が行われていた。大気中の核実験で発生した放射性元素は大気中に滞留して長期間放射線を出す。1963年以後も新たに核を保有した中国とフランスによる核実験が行われたが、大気中での核実験は1980年を最後になくなった。
放射性元素は核種毎に「寿命」がある。1つの原子に着目すると、その崩壊がいつ起きるかを予測することはできないが、莫大な数の原子全体に注目すれば、崩壊がどのように起きるかを統計的に調べることができる。例として放射性元素である窒素-16(16N)の原子100万個を考えよう(図5)。これから出る放射線(ベータ線)を測定すると約7秒でその量が半分になる。つまり、7秒で半分の50万個の16N原子が崩壊して安定な酸素-16(16O)原子に変わったことが分かる。さらに7秒経過すると、16N原子はさらに半分の25万個になる。このように、多数の放射性元素が次第に崩壊して元の数の半分に減る時間のことを半減期という。
半減期は放射性元素の種類によって決まっている。窒素-16の半減期は約7秒と短いが、ウラン-234(234U)は245,000年など、短いものから長いものまでさまざまである。2011年の東日本大震災による原子力発電所の事故に関連する放射性元素の半減期を図6に示す。ここで述べた半減期は図6では物理的半減期と記載されている。福島原発の汚染水処理で大きな問題となったトリチウム(三重水素;T)の半減期は12.3年である。半減期の長い放射性元素は、地球の歴史を知るための放射年代測定に用いられる。
放射線量を測定する主な単位はベクレルとシーベルトである(図7)。ベクレルは放射性元素の量を測る単位で、1秒間に1個原子核が放射性崩壊する量を1ベクレル(Bq)とする。人が放射線を浴びることを被曝(ひばく)とよぶ。被曝には、呼吸や飲食物によって体内に取り込んだ放射性元素による内部被曝と体外の放射線を直接浴びる外部被曝がある。シーベルト(Sv)は、被曝した放射線量を人体に対する影響として測る単位である。さまざまな放射線を浴びた場合は、浴びた線量に、それぞれの放射線の人体に対する影響を考慮した係数を掛けて積算して求める。
2025年05月06日更新
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