光学的に厚い媒質中を光子が進む過程を拡散過程と近似し、媒質中の放射エネルギー流束を評価する近似法。光学的に厚い媒質中を光子が移動する場合、光子は媒質中をまっすぐに進むことができず、吸収・再放射・拡散を何度も繰り返し、媒質中をランダム運動しながら移動する。このような光子の移動過程は、拡散過程とみなすことができる。拡散近似が成り立つ場合、放射エネルギー流束は、放射エネルギー密度の勾配の方向を向くことになり、伝播速度は光学的に厚いほど遅くなる。また、局所熱力学平衡状態が実現するため、放射エネルギー密度は、温度などの局所的に与えられた物理量のみで表現できる。そのため、放射流体力学の計算をする際に、放射輸送の方程式を直接解く必要がなくなり、計算が非常に簡単化される。
衝突が確率的に起こるとき、その粒子の運動は拡散過程で表現される。 一般に粒子の速度を $v$ とすると、 平均自由行程 $\lambda$ に対応する拡散係数 $D$ は
$$ D = \frac{1}{3} v \lambda $$
と書ける。 磁場 $B$ 中の宇宙線粒子に対する拡散係数は、$\lambda$ をラーモア半径 $\rho_{c}$ に置き換え、乱流の強さを示すパラメータを $\eta$ として、
$$ D = \frac{1}{3} v \rho_c \eta \equiv \eta D_{\rm Bohm} $$
と書ける。 ここで、
$$ D_{{\rm Bohm}} \equiv \frac{1}{3} v \rho_{c} = \frac{1}{3} \frac{\beta^2 E}{ZeB} $$
はボーム極限における拡散係数で、$c, E, Z$ は光速度、宇宙線粒子のエネルギーと電荷、$\beta$ は $v/c$ である。サイクロトロン周波数、ラーモア運動も参照。
平均から外れるほど左右対称に確率が減少する「つりがね型」をした確率分布。ある集団の人間の身長の分布、多数の人が受験するテストの成績の分布、測定誤差の分布など、ほぼ正規分布に従う現象は、社会統計量や自然現象の中に多く存在する。正規分布は統計学の理論と応用において最も中心となるものである(図1)。
確率変数 $x$ に対する分布関数(確率密度関数)はガウス関数
$$ f(x;\mu,\sigma^2)=\frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}\exp\left\{-\frac{(x-\mu)^2}{2\sigma^2}\right\} $$
で与えられる。$f(x;\mu,\sigma^2)$ は $N(\mu, \sigma^2)$ と表記されることもある。天文分野では正規分布よりガウス分布(ガウシアン)と言われることが多い。ここで $\mu = \langle x \rangle$ は平均、$\sigma^2 =\langle (x-\mu)^2 \rangle$ は分散、$\sigma$ は標準偏差である。$\langle\,\,\rangle$ は中に示されている確率変数の期待値を示す。平均からのばらつきの度合い(つりがねの太さ)は分散で表されるが(図2左)、実際には変数と同じ単位を持つ標準偏差の方が多く用いられる。平均値 $\mu$ からのずれが $\pm \sigma$ 以内に収まる確率は68.27%、$\pm 2\sigma$ 以内に収まる確率は95.45%、$\pm 3\sigma$ 以内に収まる確率は99.73%である。
確率変数 $x$ を $u =(x -\mu)/\sigma$ と変換(標準化、正規化)すると、$u$ は平均値 0、分散 1の標準正規分布関数 $f(u;0,1)=N(0,1)$ に従う(図2右)。 逆に、標準正規分布関数を知れば、平均と分散が既知であるもとの変数の確率分布を知ることができる。このため多くの統計学の教科書には標準正規分布関数やその累積分布表がつけられている。今日では各種の計算ソフトによって標準正規分布は簡単に計算できる。学校教育現場でよく用いられる偏差値は、得点分布を平均50点、標準偏差10点の正規分布で近似したときの点数のことで、正規分布の性質から、集団内での自分の得点の位置を簡単に知ることができる(図3)。
正規分布は確率的な振る舞いをするいろいろな場面に現れやすい。その理由は中心極限定理と大数(たいすう)の法則にある。中心極限定理とは、多数の確率変数の和で与えられる一つの確率変数が、もとになった変数の確率分布によらず、正規分布に近づくという性質のことである。大数の法則とは、母集団から無作為に抽出された標本の平均は、標本数が大きくなると母集団の平均に近づくことを指す。サイコロを振って出る目の数を調べるような試行実験においては、「実験確率は試行回数を増やせば理論確率に近づく」とも表現される。N回サイコロを振って3の目が出る回数をn(3)とすると、n(3)/N は N が大きくなるほど1/6に近づく。正規分布は解析的取扱いが比較的容易であり、扱う問題に対して確率分布の正確な情報が得られないか、あるいは重要でない場合、正規分布が仮定されて用いられることが多い。実験データの解析の基礎である最小自乗法の基礎も正規分布にある。
ガウスは天文学の観測データの解析において、誤差が、ある関数(ガウスの誤差関数)に従うと仮定して誤差理論を完成させた。正規分布をガウス分布とも呼ぶのはこの誤差関数がガウス関数の基になっているからである。
放射強度を参照。
紫外線のうちで、波長が最も短い(1-200 nm)ものの名称。
紫外線および電磁波も参照。
スピン角運動量を参照。
初代の幕府天文方(1639-1715)。幕府碁方(ごどころ)安井算哲(やすいさんてつ)の子、幼名を六蔵といい、後に助左衛門と改名、さらに安井家の本姓渋川を名乗った。幼時から天文に優れ、暦学は岡野井玄貞(おかのいげんてい)らに学び、垂加神道は山崎闇斉(やまざきあんさい)に師事、宮廷天文学者の土御門(つちみかど)家にも弟子入りした。
当時施行の宣明(せんみょう)暦が800年以上も改訂されずに不正確になっていたため、中国は元朝の授時(じゅじ)暦を研究し、新暦への改暦を幕府に進言したが失敗。その後完成した大和(やまと)暦を再度提案して採用、貞享2年(1685)ようやく「貞享(じょうきょう)暦」として施行された。その功績で初代の幕府天文方に任命された。恒星の天文観測も行ない、中国の星座に加えて、61星図(305星)を新設したことも重要な科学的業績である。
宇宙の構造形成における、重力的な非線形成長を記述する近似法の一つ。宇宙の構造形成における初期段階では、質量密度の空間的ゆらぎが小さい。ゆらぎが十分小さい段階では、線形理論によってその時間発展が記述できる。ゆらぎが十分成長すると、線形理論が不正確になり、その時間発展に非線形効果が入ってくる。この非線形段階を解析的に正確に記述することは一般に難しい。そこで非線形モデルなどの近似的方法が考えられている。ゼルドビッチ近似はそのような近似法の一つである。具体的には、ラグランジュ座標が一定値を持つ流体素片の運動を考え、ゆらぎの小さい十分初期の段階で線形理論と一致するようにその運動を決める。それを非線形段階まで外挿したものが、ゼルドビッチ近似である。ゼルドビッチ近似は、宇宙論的N体シミュレーションの初期条件を生成するのにもよく用いられている。
導円を参照。
軌道要素を参照。
もともとは天体力学の用語であるが、それ以外の分野でも、平衡(安定)な状態に対するわずかな乱れを指す語として用いられる。
たとえば天体力学で惑星の運動を考える場合、太陽のほかに他の惑星や小惑星などの影響も考えねばならないが、それらの影響は太陽に比べるとはるかに小さい。したがって、まずは太陽の重力による運動を考える。それからのずれを摂動と呼ぶが、それを扱うために、太陽の重力に小さな補正量(摂動力)を運動方程式に摂動項として加えて計算を行う。この手法を摂動論と呼ぶ。
摂動のうち、時間に比例して変化するように見える成分を永年摂動と呼ぶ。実際には、非常に長い周期成分の一部を見ているような場合もある。永年摂動によって起こる共鳴関係は永年共鳴と呼ばれる。永年摂動に対して、周期的に変動する成分のことを周期摂動と呼ぶ。太陽系天体の運動においては、一般的には周期摂動よりも永年摂動による変化の方が大きくなる。
摂動問題を考えるためには、摂動項を必要に応じて展開し解析的に解く方法と、コンピュータにより数値的に解く方法の2通りがある。前者は各成分の意味を理解しやすいメリットがあるが、精度を上げるにつれ項数が急激に増加し極めて複雑になる。このため、近年ではコンピュータによる手法が主流となっており、計算誤差を抑制しつつ、高速に計算する手法の研究が今も続けられている。
摂動を参照。
特殊関数の一つで、ラプラスの演算子を3次元極座標 $(r,\theta,\phi)$ で表したときの角度部分の固有関数。一般に記号 $Y_l^m(\theta,\phi)$ で表される。(ラプラスの演算子はデカルト座標 $(x,y,z)$ なら
$$\partial^2/\partial x^2+\partial^2/\partial y^2+\partial^2/\partial z^2$$
で表されるものである。)
球面調和関数は
$$\left(\frac{1}{\sin\theta}\frac{\partial}{\partial\theta}\sin\theta\frac{\partial}{\partial\theta}+ \frac{1}{\sin^2\theta}\frac{\partial^2}{\partial\phi^2}\right)Y_l^m(\theta,\phi) =-l(l+1)Y_l^m(\theta,\phi) $$
を満たす。また $Y_l^m(\theta,\phi)$ はルジャンドルの陪関数$P_l^m$ を用いて
$$Y_l^m(\theta,\phi) =(-1)^{(m+|m|)}\sqrt{\frac{2l+1}{4\pi}\frac{(l-|m|)!}{(l+|m|)!}} \times P_l^{|m|}(\cos\theta)e^{im\phi} $$
と書けることも知られている。指数 $l$ は次数、$m$ は方位指数と呼ばれ、$Y_l^m(\theta,\phi)$ が1価関数になるためには $l$ と$m$ はともに整数である必要がある。球面調和関数は太陽の固有振動など、球対称な構造に関する、ラプラス演算子を含む微分方程式で記述される現象を扱う際に現れる。また、正規直交関数系をなすので、球面上のスカラー関数を展開する際にも使われる。
地心視差を参照。
三体問題であるが、3つの質点のうちの1つが他の2つと比べてその質量を無視できる場合にこう呼ばれる。たとえばA、Bの2つの天体と質量が無視できるCがあるとする。CからのAとBへの万有引力による影響は無視できるので、AとBは二体問題として扱うことができる。つまり、AとBの運動は解析的に解けている。Cは、AとBからの万有引力を受けて運動することになり、このCの運動を解くことが目的となる。たとえば、太陽と地球と探査機の3天体を考えた場合、探査機が太陽や地球に及ぼす力は無視できるので、探査機の運動は制限三体問題として扱うことができる。
天体の運動に関係して、ある周期とある周期が簡単な整数比になっていること。たとえば、月の自転周期と月の地球周りの公転周期は1:1の尽数関係にあるという。 海王星と冥王星の公転周期は2:3の尽数関係にある。これにより冥王星は海王星に近づきすぎることなく、安定に公転することができる。冥王星以外にも、太陽系外縁天体の中には海王星の公転周期と尽数関係にあるような公転周期を持つ天体が多数存在している。 木星の公転周期と尽数関係にある公転周期を持つ小惑星を群と呼ぶ。とくにトロヤ群小惑星は木星の軌道の60°前方(L4)と60°後方(L5)のラグランジュ点に位置し、木星と同じ周期で公転する(1:1の尽数関係を持つ)。平均運動共鳴も参照。
地球の周りを回る人工衛星の公転周期は、地球中心からの距離が大きくなればなるほど長くなる(ケプラーの第3法則、ケプラーの法則参照)。ある特定の高度に人工衛星があると、その公転周期が地球の自転周期と一致することになる。このような軌道が赤道面内(赤道の上空)にあるとき静止軌道と呼ぶ。静止軌道に衛星があると、地上から見ると衛星は常に同じ方向に見える。たとえば、通信衛星や放送衛星を静止軌道に入れておけば、地上のアンテナを常に同じ方向に向けておくことができて便利である。また、気象観測を行う場合も、静止軌道にあれば、常に同じ地域の上空の観測ができることになる。地球の場合、静止軌道は赤道上空の高度約36,000 kmの円軌道である。
太陽や月は時々刻々と位置を変えていくので、地球の自転軸は歳差のような大きな変動だけでなく、もっと短い周期で複雑な運動をしている。これが章動と呼ばれる運動で、平均の極の周りを振動するような現象である。18世紀のイギリスの天文学者ブラッドレー(J. Bradley)により発見された。 章動で最も大きな成分は振幅が約 9"(これを章動定数と呼ぶ)で周期18.6年のものである。これは月の軌道面と黄道の交点である平均昇交点が18.6年で黄道を1周し、周期的に引力を変化させることにより生じている。 章動は、黄道に平行な方向に働く、黄経における章動($\Delta \psi$)と、垂直な方向に働く、黄道傾斜における章動($\Delta \varepsilon$)の2つに分けることができる。歳差だけでなく、章動まで考慮した春分点、天の赤道および極をそれぞれ、真春分点、真赤道、天文中間極(以前は暦表極と呼ばれていた)と呼び、この座標系における天体の位置を視位置と呼ぶ。
天の極は平均的には歳差によって黄道の極の周りを約23.4°の大きさで約26,000年かけて運動しており、これを平均の極と呼んでいる。一方、短期的には、章動によって平均の極の周りを約9"の大きさで楕円のような形を描くように運動する。この章動によって天の極(天文中間極)が運動する楕円状の軌跡を章動楕円と呼ぶ。
元期J2000.0での、黄道傾斜における章動の主要項(月の昇交点 Ω によるもの)の係数。IAU1976天文定数系では9.2025"、IAU2000A歳差章動理論では9.2052331"、IAU2006歳差章動理論では9.2052374"である。
