ハッブル定数の緊張
よみ方
はっぶるていすうのきんちょう
英 語
Hubble tension
説 明
宇宙初期、具体的には宇宙の晴れ上がり時点(宇宙誕生から約38万年後)、から我々に届く宇宙マイクロ波背景放射(CMB)のデータを基に構築された宇宙モデルが与えるハッブル定数と、そこから138億年経過した現在の宇宙の観測から決められるハッブル定数の間に、観測誤差を大きく越える食い違いがあることを指す言葉。英語をそのまま使って「ハッブルテンション」とも言う。
銀河の3次元分布(宇宙の大規模構造)の観測や宇宙マイクロ波背景放射の等方性の観測などから、宇宙空間は数100メガパーセク以上の十分に大きなスケールで平均してみると、近似的に一様等方とみなすことができる。現代宇宙論は、これらの観測により一様等方空間が等方的に膨張しているという時空モデル(ロバートソン-ウォーカー計量に基づくモデル)をもとに構築されている。多くの観測事実をよく説明ができ、現時点で標準宇宙モデルとされているのはΛCDMモデル(Λは宇宙定数もしくはそれを拡張したダークエネルギーを表す略号で、CDM は冷たいダークマターの英語Cold Dark Matterの略号。CDMモデルも参照)である。
ハッブル定数(以下では
これに対して、宇宙マイクロ波背景放射に基づく方法からも
ただし、この方法はインフレーションが予言する宇宙の初期条件など初期宇宙の物理の仮定に基づいており、宇宙のモデルに依存した方法になっている。このバリオン音響振動の測定から求められた
宇宙マイクロ波背景放射の観測が、COBE衛星、WMAP衛星、プランク衛星、および地上からの観測により精度が飛躍的に高まるのとほぼ同期して、現在に近い宇宙の観測もその精度を格段に高めつつある。ハッブル定数の緊張が話題に上り始めた2017年頃までの状況はハッブル定数の項目に記述されている。同項目の図4を本項目の図1として再掲してある。図2は図1と同じ形で2022年までのデータを含めたものである。2017年当時は「緊張」の度合は3σレベル(違いが偶然起きたのだとすれば1000回に1回程度の確率)であった。
図2と図3に2022年時点での状況を示す図を掲げる。僅か5年程度の間に莫大な数の研究が進んだことが分かる。観測精度が上がって不確かさ(誤差)が小さくなり、この時点でハッブル定数の緊張の度合は5σ以上のレベル(偶然の結果であれば100万回に1回以下程度の確率)となっている。現在の標準モデルとはいえ、ΛCDMモデルに基づく宇宙の進化には、まだ確認できていないダークエネルギーとダークマターの性質、ニュートリノや他の相対論的な粒子の性質、インフレーションの時期と性質などの仮定があるため、ハッブル定数の緊張は、現代の宇宙論・物理学の最重要課題の一つとして近年、観測と理論の双方から精力的な研究が進められている。
ハッブル定数の緊張と同様に、初期宇宙と現在に近い宇宙とのあいだで食い違いの兆候を見せるのが、宇宙における「構造形成の成長度合いを特徴付けるパラメータ(S8)」 である。この値が大きいほど、現在の宇宙で構造形成が進んでいる(すなわち物質の粗密のむらが大きい)。宇宙マイクロ波背景放射のデータが示唆するΛCDMモデルを現在まで進化させれば、現在の宇宙のS8の値を求められる。一方現在に近い宇宙では、宇宙大規模構造に伴う弱い重力レンズ効果、銀河分布の2点相関関数やパワースペクトル、銀河団の個数密度などから、より直接的にS8の値を求められる。図4に2022年時点での状況を示す図を掲げる。弱い重力レンズ効果の観測にはすばる望遠鏡のハイパーシュプリームカム(HSC)も重要な貢献をしている。この「S8の緊張」が「ハッブル定数の緊張」と同じ(未知の)原因によるのか、それとも全く独立の原因による現象なのかはまだ分かっていない。
現在に近い宇宙から求まるハッブル定数の観測値が深刻な矛盾をはらんだことは過去にもある。ハッブルが1929年の論文で求めた
2024年01月26日更新
この用語の改善に向けてご意見をお寄せください。
受信確認メール以外、個別のお返事は原則いたしませんのでご了解ください。