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ドゥ・ボークルール, アントワネット

 

よみ方

どぅぼーくるーる, あんとわねっと

英 語

de Vaucouleurs, Antoinette

説 明

アントワネット・ドゥ・ボークルール(Antoinette de Vaucouleurs; 1921-1987)はフランス生まれの天文学者。ジェラルド・ドゥ・ボークルール夫人。まだ女性天文学者が少ない時代に夫とともに世界的に知られた業績を挙げた。
アントワネットはパリ生まれ。ソルボンヌ大学で数学、物理学、天文学を学んだ。1944年にジェラルド・ドゥ・ボークルールと結婚以来、長年二人は良い研究のパートナーとなった。パリの天体物理学研究所で実験室分光学から研究を始めたが、ジェラルドとともにイギリス、オーストラリア、アメリカのローウェル天文台ハーバード大学天文台と研究場所を移した。二人は1960年に新しく出来たテキサス大学の天文学科に移ってからは生涯そこで研究生活を送った。
オーストラリアでは数100個の早期型星(B, A, F型)のMK分類を行い、多くの星のカルシウムK線の等価幅を測定した。またジェラルドとともに、大マゼラン雲の吸収線の観測から構成する星の種族を調べた。1958年にはローウェル天文台で、いくつかのセイファート銀河の中心核が1ヶ月程度の間に変光することに気がついた。これは後に多くの人の観測によって確認された。
アントワネットは非常に注意深く、多くの論文にあるミスプリや天体の同定間違いなどを見つけて訂正することに類い希な才能を持っていた。彼女のこの才能は、夫妻が中心になってまとめた、時代ごとに銀河天文学の基本参照文献となった三つのカタログ(First, Second, Third Reference Catalogue of Bright Galaxies; それぞれRCBG(あるいはRC1), RC2, RC3と略称される)の完成に不可欠なものであった。RC3の制作中に骨髄がんと診断されたが、彼女は死の10週間前まで苦痛の中で自らの作業を行った。RC3は彼女の死後1991年に出版された。
Physics Todayの追悼記事:
https://physicstoday.scitation.org/doi/10.1063/1.2811515
Antoinette de Vaucouleurs Memorial Lectureship:
http://www.as.utexas.edu/lectures/adv.html

2020年07月09日更新

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    アントワネット・ドゥ・ボークルール
    出典 http://www.as.utexas.edu/lectures/adv.html
    * 三つのReference Catalogues (撮影 岡村定矩)