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ハーシェル, ウィリアム

高

よみ方

はーしぇる,うぃりあむ

英 語

Herschel, William

説 明

ウィリアム・ハーシェル(William Herschel;1738-1822)はドイツ出身のイギリスの天文学者。天王星を発見し、宇宙の構造を実測して近代天文学をひらいた。赤外線を発見したことでも知られる。

ドイツのハノーバーで、軍楽隊員の子として生まれ、自身もまた軍楽隊員となる。1757年、イギリスに移ってバースの楽団の指揮者、教会のオルガン奏者となり、交響曲も作曲するなど、音楽家として大成している。1772年頃から光学や天文学に興味を持ち、自ら金属鏡反射望遠鏡を製作して天体観測を始めた。1781年、星計数法による掃天観測を行っているときに、後に天王星と命名される新惑星を発見、一躍時の人となった。その功績でイギリス国王ジョージ3世の王室付き天文官となった。星の計数観測で、望遠鏡の視野内に星が多く見える方向ほど星が遠くまで分布すると仮定して、1785年に「天界の構造」として恒星が凸レンズ状に分布する宇宙(現在でいえば天の川銀河)の姿を描き出した。掃天観測中に多数見つけた二重星と(約800)と星雲星団(約2500)もカタログ化している。観測の助手は妹のカロラインが務めた。望遠鏡の製作は400台におよび、最大のものは口径1.26 m、焦点距離12 m(40フィート)の経緯台式(40フィート望遠鏡)である。それらを用いて、土星天王星衛星を4つ発見した。

1786年にイギリスのスラウに移り住み、以後この地で生涯を過ごした。彼の家はオブザバトリー・ハウスと呼ばれ、1792年に息子のジョンが生まれ、1816年にはナイトに叙せられた。1820年にロンドン天文学会(後の王立天文学会)をジョンらと共に設立、初代会長にもなっている。

2024年07月15日更新

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    ハーシェル,ウィリアム
    ウィリアム・ハーシェルの肖像画(1785, Lemuel Francis Abbottによる)
    https://en.wikipedia.org/wiki/William_Herschel
    ハーシェルの40フィート望遠鏡。1797年版 ブリタニカ百科事典 第18巻 『望遠鏡』より
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File:40_foot_telescope_120_cm_48_inch_reflecting_telescope_William_Herschel.png
    「ハーシェルの宇宙」とも呼ばれる、銀河系(天の川銀河)の断面図。ハーシェルの1785年の論文「天界の構造について(On the Construction of the Heavens)」より。Fig.4 の中央やや右の黒い点が太陽。左側がわし座の方向で、2すじに分かれて間が凹んでいるのは、暗黒帯(ダークレーン)があるからである。右側がおおいぬ座の方向の天の川で、上側がかみのけ座(北銀極)の方向、下側がくじら座やちょうこくしつ座(南銀極)の方向である。ウィリアム・ハーシェルはさらに研究を進めた後、1811年にこの図を誤ったものと放棄したが、その科学的手法と先進性は歴史的に失われていない。
    https://en.wikipedia.org/wiki/William_Herschel#/media/File:Herschel-galaxy.jpg