すばる望遠鏡超広視野多天体分光器
よみ方
すばるぼうえんきょうちょうこうしやたてんたいぶんこうき
英 語
Subaru Prime Focus Spectrograph (PFS)
説 明
すばる望遠鏡のために開発されたファイバー型多天体分光器で、直径1.25度という主焦点超広視野中の最大約2400個の天体の紫外線から近赤外線までのスペクトルを同時に取得(分光観測)することができる(分光器本体は望遠鏡ドーム内にある)。暗い銀河の分光サーベイ(サーベイ観測を参照)用としては、2025年時点で世界最高性能を有する分光装置である。略称のPFSが広く用いられている。
PFSが宇宙における銀河の三次元分布(宇宙地図)を描く能力は、現在の宇宙地図の限界(約20億光年まで)を遥かに超えて100億光年以上の彼方まで届き、宇宙と銀河の進化過程の研究を飛躍的に発展させる推進力になると期待されている。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)と国立天文台(NAOJ)を中心とする大規模な国際共同研究組織(PFSコラボレーション)は、およそ15年の歳月をかけてこのPFS装置の開発を行うとともに、研究者の組織作りと科学目標の策定、360夜に及ぶ大規模なサーベイ観測の検討を進めた。この観測計画はすばる戦略枠サーベイとして採択され、2025年上半期(2/1-7/31)の3月から、一般共同利用観測と並行して本格的に観測が開始された。
PFS装置のハードウェアは、ファイバーとその駆動装置(ファイバーポジショナー)などを搭載した主焦点装置(PFI)、焦点面上のファイバー先端の位置を正確に測定するメトロロジカメラシステム(MCS)、分光器システム(SpS)、焦点面に結像した天体の光をSpSへと伝達するファイバーシステムからなる。また、これらとは別に夜光スペクトルをモニターするための装置(SuNSS)がある。PFSの主焦点補正光学系はハイパーシュプリームカム(HSC)用に開発されたものを利用している。
SpSは専用の恒温クリーンルームに設置された4組の同じ規格の分光器(モジュール)からなる。それぞれのモジュールは入射する可視光全域から近赤外線の一部まで(波長380 nm - 1260 nm)の光を2枚のダイクロイックミラーによって青、赤、近赤外の3つの波長帯に分割して3つの受光素子(カメラ)で低分散スペクトル(波長分解能は2500から4500)を撮影する。赤チャンネル(波長630 - 970 nm)には分散素子交換機構があり、一部の波長域(710 - 885 nm)において少し高い波長分解能(5500; 中分散)のスペクトルを取得するセッティングも可能である。各モジュールが約600本のファイバーを担当し、全体で約2400のスペクトルを同時取得できる。
光ファイバーの先端は主焦点面上で8 mm間隔の蜂の巣状(6角形パターン)に並べられているが、それぞれのファイバーは直径9.5 mmの円形内を動くことができるので、6角形の視野の100%の領域が観測可能である。ファイバーポジショナーがコブラ(Cobra)と愛称されるのは、先端を移動させる細長い器具の動きがコブラの首の動きを想像させるからである。目的とする天体の位置にファイバーを精密配置する時間は2分以内を目標としている。
MCSはカセグレン焦点に取り付けられた大フォーマットのCMOSカメラで、分光器側から照らされた主焦点面上の2400本のファイバー先端の画像を撮影し高精度で位置を測定する。これによりファイバーを天体の位置に正確に配置することが可能になる。望遠鏡の主焦点から望遠鏡ドーム内の分光器に至るファイバーの全長はおよそ65 mあり、約600本ずつ4組にまとめられてそれぞれの分光器モジュールへと接続される。
一方PFS装置のソフトウェアは、観測計画立案から観測の実行、観測データの処理・較正までを複数のパッケージや関連データベースで網羅する構成になっている。特定の夜における単一の露出だけでなく、複数回にわたる観測の進捗が最大となるよう望遠鏡の指向中心や焦点面でのファイバー配置等を最適化して観測計画は立案される。計画に沿って望遠鏡と装置を制御して露出を行い、取得されたデータ(2次元スペクトル画像)からまず2次元パイプラインで較正済1次元スペクトルを抽出し、さらに1次元パイプラインで恒星や銀河の物理的性質を表す種々のパラメータを測定する。
PFSプロジェクトは、2025年3月から本格観測が始まったすばる戦略枠サーベイで次の大きな科学目標を掲げている。
銀河の暗黒物質 -- 宇宙はどのようにして生まれたのか?
宇宙論 -- 宇宙に終わりはあるのか?
銀河形成の歴史 -- なぜ我々は存在するのか?
PFSプロジェクトへは、Kavli IPMUとNAOJに加え、アメリカ、フランス、ドイツ、ブラジル、中国、台湾から20以上の研究機関が参加している。また、PFSによるすばる戦略枠サーベイには日本の多くの研究機関から多数の研究者が参加し貢献している。
PFSプロジェクトは8 mというすばる望遠鏡の大口径を活かして、同時期に実施されている赤方偏移サーベイであるダークエネルギー分光装置(DESI)サーベイよりも高品質のデータを得て、宇宙論やさまざまな分野の天文学研究に大きな貢献をすることが期待されている。
PFSのホームページ
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli-IPMU)
https://pfs.ipmu.jp/ja/
国立天文台(NAOJ)
https://www.nao.ac.jp/research/project/pfs.html
PFSプロジェクトの科学目標と観測のイメージを紹介する動画。Kavli-IPMUの上記サイトにあるものを転載。
Credit:Kavli IPMU/NAOJ/Studio LiNDA
2025年07月22日更新
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