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ワイツゼッカー

 

よみ方

わいつぜっかー

英 語

Weizsäcker, Carl Friedrich von

説 明

カール・フリードリッヒ・フォン・ワイツゼッカー(Carl Friedrich von Weizsäcker; 1912-2007)はドイツの物理学者、天文学者、哲学者。星内部での原子核反応を解明し、太陽系の起源も研究した。
名門のワイツゼッカー家の外交官を父としてドイツのキールに生まれ、シュトゥットガルト、バーゼル、コペンハーゲンなどで育った。1929年からベルリン大学、ゲッチンゲン大学、ライプチヒ大学で数学、天文学、物理学を学んだ。ベルリン大学ではハイゼンベルグ(Werner Heisenberg)の指導を受けた。その後、コペンハーゲンでボーアから原子物理学を学んだ。
1935年に原子核の結合エネルギーを説明する公式を発表した。翌年ベーテが改良版を発表したので、これはベーテ-ワイツゼッカーの公式と呼ばれる。1937-38年にかけてベーテとは独立に、恒星内部での原子核融合反応(ppチェインCNOサイクル)を発見した。第2次世界大戦中の1943年には惑星系形成論を提唱した。そのなかで、原始太陽系星雲に流体力学の渦理論を適用し、チチウス-ボーデの法則が導かれることを示した。
第二次大戦中にはハイゼンベルグとともに原爆製造の研究プロジェクトを立ち上げその責任者となった。アインシュタインがアメリカのルーズベルト大統領に送った手紙で、このプロジェクトの開発能力の高さを指摘したことが、マンハッタン計画の発端となったと言われている。
戦後1946年にゲッチンゲンのマックス・プランク研究所の物理学部門の責任者となるが、次第に哲学的考察を深めた。1957年から1969年までハンブルク大学の哲学科で教授を務めた。1970年から80年までは、スターンベルグのマックス・プランク研究所で彼のために作られた「現代世界における生存条件」部門の部長を勤めた。核戦争の危機や環境破壊、人間論などについての思索を深め、多くの著作などを通じて平和主義を訴えた。
元ドイツ大統領リヒャルト・フォン・ワイツゼッカーは彼の弟である。

2020年04月16日更新

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カール・フリードリッヒ・フォン・ワイツゼッカー
出典
https://en.wikipedia.org/wiki/Carl_Friedrich_von_Weizsäcker