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フォンツァイペル-リドフ-古在振動

 

よみ方

ふぉんつぁいぺる-りどふ-こざいしんどう

英 語

von Zeipel-Lodov-Kozai oscillations

説 明

中心天体の周りを公転する天体が摂動を受ける系において、当該天体の近点引数と離心率軌道傾斜角が連動して振動する現象。典型的には円制限三体系に於いて被摂動天体の軌道傾斜角が大きな場合に発現するが、それ以外の場合にも程度の差こそあれ発生する。この振動の結果として被摂動天体の離心率や軌道傾斜角が大きな値を取ることがあり、それは当該天体の力学進化に対して影響を及ぼし得る。この現象は19世紀末から20世紀初頭にかけてスウェーデンのフォンツァイペル(Hugo von Zeipel)が彗星運動の理解のため作り上げた理論体系の中に記述された。しかし、フォンツァイペルのこの業績は広く知られることなく歴史の狭間に埋もれ続け、1960年代になりソビエト連邦のリドフ(Mikhail Lvovich Lidov)および日本の古在由秀が同一の理論を再び見出すに至った。

以下では太陽(中心天体)の周りを小惑星彗星などの小天体が周回し、その天体がその外側または内側にある大きな天体(惑星など)から重力的な摂動を受ける場合を例として考える。惑星の軌道が円ならばこの系はいわゆる円制限三体系を構成する。小天体(被摂動天体)が惑星(摂動天体)の内側を周回する場合を内側問題と呼び、被摂動天体が摂動天体の外側を周回する場合を外側問題と呼ぶ。内側問題でも外側問題でも、被摂動天体の角運動量の鉛直成分の絶対値が小さいとその近点引数が平衡値の周囲を振動(秤動)し得る。この平衡値は $\frac{\pi}{2}$ または $\frac{3\pi}{2}$ であることが多いが、他の共鳴との相互作用などがあればこれ以外の値を取ることもある。近点引数が秤動せずに回転する場合でも、被摂動天体の離心率 $e$と軌道傾斜角 $I$ は近点引数 $\omega$ と連動して振動する。これがフォンツァイペル-リドフ-古在振動である。被摂動天体が持つ角運動量の鉛直成分は量 $\sqrt{1-e^2} \cos I$ に比例する。時間的に平均された円制限三体系に於いてこの量は保存量となるが、その絶対値が小さいとは、即ち摂動天体の軌道面に対する被摂動天体の軌道傾斜角が大きいことを意味する。被摂動天体の近点引数の秤動が発生する閾値となる軌道傾斜角$I$の下限値は被摂動天体の軌道半長径 $a$ と摂動天体の軌道半長径 $a^\prime$ の比 $(a/a^\prime)$ に依存する。

内側問題に於いて $a/a^\prime \ll 1$ ならばそれは$I \sim 39^\circ$ であり、外側問題に於いて $a’/a \ll 1$ ならば $I \sim 63^\circ$ である (いずれも被摂動天体の離心率 $e$ が0の時の値)。なお、被摂動天体の軌道傾斜角 $I$ に関するこれらの条件は必要条件に過ぎず、十分条件ではないことにも留意しなければならない。軌道傾斜角$I$ が上記の値より大きくても近点引数の初期値によってはそれが秤動せず、回転する場合もある。

フォンツァイペル-リドフ-古在振動に起因する被摂動天体の離心率と軌道傾斜角の振幅は時に大きく、それが天体運動の安定性や軌道進化に甚大な影響を及ぼすこともある。この振動が見られるのは彗星や小惑星の運動に限らない。惑星を周回する衛星(含む人工衛星)、太陽系の最外縁にあるオールトの雲銀河系による潮汐力が摂動として働く)、太陽系外にある多様な惑星たち、そして三体系としての近似が有効である恒星系での天体運動など、様々な局面でフォンツァイペル-リドフ-古在振動は発現し、系の力学進化に関与する。1990年代に太陽系外縁天体太陽系外惑星が発見されてから、フォンツァイペル-リドフ-古在振動の研究は急激にその活発さを増した。この振動と平均運動共鳴との相互作用(例えば冥王星の運動はその状態にある)、摂動天体が複数のある場合の効果、そして摂動天体の軌道が円ではないことに起因する積分不可能性もしくはカオス性(「離心フォンツァイペル-リドフ-古在振動」)等々に関する議論が盛んであり、それらは現代の天体力学に於ける中核の一つを構成する。
この振動に関するフォンツァイペルの理論が現代に於いて本格的な日の目を見たのは、彼の著作群の出版から一世紀以上を経過した2019年であった。それまで、我が国に於いてこの現象は「古在機構」「古在振動」「古在共鳴」等と称されていた。現在ではフォンツァイペル-リドフ-古在振動(または機構)という名称が国際的に浸透している。

2024年08月08日更新

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