天文学辞典 :ASJ glossary of astronomy | 天文、宇宙、天体に関する用語を3200語以上収録。専門家がわかりやすく解説します。

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イベントホライズンテレスコープ

高

よみ方

いべんとほらいずんてれすこーぷ

英 語

Event Horizon Telescope

説 明

多数のミリ波・サブミリ波望遠鏡による地球規模の超長基線電波干渉計(VLBI)を構成して、ブラックホールのごく近傍、事象の地平線(イベントホライズン)近くまでの画像を高い空間分解能で撮像し、ブラックホールの物理の解明を目指す国際研究プロジェクト。このプロジェクトに参加する望遠鏡による干渉計そのものを指すこともある。英語の頭文字を取ってEHTと略称されることがある。直訳すれば「事象の地平線望遠鏡」である。
ミリ波サブミリ波帯でのVLBIの実験的観測が始まったのは2000年代からで、3つの望遠鏡での観測が成功したのは2007年であった。その後、観測装置の改善や新たな望遠鏡を加えながら、2012年にブラックホールの事象の地平線近くまでの画像を得ることを目指してEHTの名称を掲げたプロジェクトが発足した。2019年現在、EHTコラボレーションは、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、北米、南米の 13 の研究機関とおよそ 200 名の研究者で構成されている。
EHTは2017年4月に、おとめ座銀河団(距離約6000万光年)にある巨大楕円銀河 M87の中心にある超大質量ブラックホールを波長1.3 mm(周波数230 GHz)の電波で観測した。その結果を解析したEHTグループは、2019年4月10日に空間分解能20マイクロ秒角(角度表示を参照)を達成した電波画像を公開した。空間分解能が20マイクロ秒角あれば月面に置いたゴルフボールが見える。この画像では、ブラックホール周辺(光子球領域)の高温のプラズマが明るいドーナツ状に見え、その中心が暗い穴として見えている。これはブラックホールシャドウ(ブラックホールの影)と呼ばれている。ブラックホールシャドウの視直径は事象の地平線までの距離(=シュバルツシルト半径)の5倍程度と考えられている。この結果から、M87のブラックホールのシュバルツシルト半径は約200億 km(太陽海王星のあいだの距離の4倍以上)、質量は太陽質量の65億倍と推定された。
このデータおよびその解析手法は広く世界に公開されているため、EHT以外の研究者が独立に再解析し、EHTが発表した結果についての検証を進めている。2022年6月には別のグループが別の手法で解析した結果、EHTグループの画像とは異なる特徴を持った画像が得られたという研究が報告された。その画像には、中心部分にある「コア構造」とそこから伸びている宇宙ジェットが見られる。M87のブラックホールに対しては、このEHTデータの再解析や手法の検討に加え、さまざまな装置での追観測が行われている(M87を参照)。
EHTグループは2017年に、M87に加えて天の川銀河銀河系)中心のブラックホールである「いて座A*(Sgr A*)」の観測も行っていたが、時間変動がある天体であったために複雑なデータ解析が必要で、その結果は2022年5月12日に公開された。
2017年のEHTの観測に参加した電波望遠鏡は、アタカマパスファインダー実験施設望遠鏡(APEX、チリ)、アルマ望遠鏡(ALMA、チリ)、ミリ波電波天文学研究所30m望遠鏡(IRAM、スペイン)、ジェイムズクラークマクスウェル望遠鏡(JCMT、米国ハワイ)、アルフォンソセラノ大型ミリ波望遠鏡(Alfonso Serrano、メキシコ)、サブミリ波干渉計(SMA、米国ハワイ)、サブミリ波望遠鏡(SMT、米国アリゾナ)、南極望遠鏡(SPT、南極点)の8施設の望遠鏡である。SPTから北天にあるM87は観測できないが、データを較正するための参照天体の観測にSPTが参加した。各施設URLは以下に掲げられている。
2018年以降は、グリーンランド望遠鏡、NOEMA観測所(フランス)、アリゾナ大学キットピーク12 m望遠鏡がEHTの観測網に加わっている。
EHTホームぺージ: https://eventhorizontelescope.org/
M87中心のブラックホールの画像に関する国立天文台の発表
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
https://www.nao.ac.jp/news/science/2022/20220630-m87.html
Sgr A*の画像に関する国立天文台の発表
https://www.nao.ac.jp/news/science/2022/20220512-eht.html
アタカマパスファインダー実験施設望遠鏡(APEX、チリ)
http://www.apex-telescope.org/
アルマ望遠鏡(ALMA、チリ)
https://alma-telescope.jp/ (日本語サイト)
http://www.almaobservatory.org/home/
https://www.almaobservatory.org/en/home/
ミリ波電波天文学研究所(IRAM、スペイン)
https://www.iram-institute.org/
ジェイムズクラークマクスウェル望遠鏡(JCMT、米国ハワイ)
https://www.eaobservatory.org/jcmt/
アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(LMT、メキシコ)
http://www.lmtgtm.org/
サブミリ波干渉計(SMA、米国ハワイ)
https://www.cfa.harvard.edu/sma/
サブミリ波望遠鏡(SMT、米国アリゾナ)
http://aro.as.arizona.edu/
南極望遠鏡(SPT、南極点)
https://pole.uchicago.edu/
グリーンランド望遠鏡
http://www.asiaa.sinica.edu.tw/project/vlbi.php
NOEMA観測所
https://iram-institute.org/observatories/noema/
https://iram-institute.org/about/
アリゾナ大学キットピーク12 m望遠鏡
https://aro.as.arizona.edu/


地球からM87中心のブラックホールまで仮想の旅をする動画

https://youtu.be/UWcKmjMcqdU


ブラックホールシャドウのメカニズム解説映像 / Photon paths around a black hole(Credit: Nicolle R. Fuller/NSF)

https://youtu.be/bLWmdjB28J8

2024年03月06日更新

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    2017年観測時のEHT望遠鏡配置図と2018年以降のEHT望遠鏡配置図(クレジット: NRAO/AUI/NSF)
    https://www.nao.ac.jp/news/sp/20220512-eht/images.html
    巨大楕円銀河M87の可視光写真。右上方向にジェットが出ているのが見える。(クレジット:ESO)
    https://www.nao.ac.jp/news/sp/20190410-eht/images.html より

    EHTによるM87中心のブラックホールシャドウ(下)と東アジアVLBIネットワークによるジェットの詳細観測図(上右)。(上左)は可視光線で見たM87の中心部分。下図のブラックホールシャドウを取り巻くリング状の明るい部分の大きさはおよそ42マイクロ秒角。(クレジット: 国立天文台)
    https://www.nao.ac.jp/news/sp/20190410-eht/images.html より
    EHTデータの独立な再解析で2022年6月に得られた楕円銀河M87の中心の電波画像。
    左上の図で示すブラックホール周辺の拡大図では、「コア構造」(中央下寄りの赤い円形部分)と「ノット構造」(中央右と右下のやや縦長な部分)が見られる。広域の図では、画像の右上に向かって伸びるジェット構造が見られる。右端の赤い点はリアルな存在ではなく、画像を構築する手法によって引き起こされたものである。
    https://www.nao.ac.jp/news/science/2022/20220630-m87.html
    (クレジット:Miyoshi et al.)
    銀河系(天の川銀河)中心の巨大ブラックホール いて座A* (SgrA*)の電波観測画像。いて座A*は太陽系から約2万7000光年の距離にあり、明るい電波源として輝く。中央上部のパネルは東アジアVLBI観測網(EAVN、波長7mm帯)で撮影したいて座A*の電波画像。右のパネルはイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT, 波長1.3mm帯)で撮影したいて座A*の電波画像。(クレジット:NASA/JPL-Caltech/ESO/R. Hurt(天の川銀河の想像図)、Cho et al.(EAVNの画像)、EHT Collaboration(EHTの画像)) 
    https://www.nao.ac.jp/news/sp/20220512-eht/images.html
    いて座A*(左)とM87(右)の画像比較。上側のリングはEHTで得られたブラックホール近傍画像。下側の画像は東アジアVLBI観測網(EAVN)で得られたブラックホール遠方画像。ブラックホール遠方画像において、M87では強力なジェットが見られるのに対し、いて座A*ではジェットの明確な証拠は得られていない。その一方でEHTで得られたリング画像はお互いとてもよく似ている。(クレジット:EHT Collaboration(EHT画像)、EAVN Collaboration(EAVN画像)) 
    https://www.nao.ac.jp/news/sp/20220512-eht/images.html