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ハッブル定数

高

よみ方

はっぶるていすう

英 語

Hubble constant

説 明

宇宙の膨張を表すハッブル-ルメートルの法則で、銀河の後退速度 $v$ [km s-1]と距離 $r$ [Mpc]のあいだの比例関係

$$v=H_0\thinspace{r}$$

を表す比例定数 $H_0$ のこと。ハッブル定数は現在の宇宙の膨張率を表す。後退速度と距離はともに時間の関数であるため、両者の比例定数も実際には時間の関数である。これを $H=H(t)$ と書いてハッブルパラメータという(宇宙のスケール因子も参照)。ハッブル定数は、ハッブルパラメータの現在の値である。$H_0$ を用いて $r=v/H_0$ とも書けるので、$H_0$ は、与えられた $v$ に対する $r$、 すなわち宇宙の大きさを決める数値でもある。

ハッブル定数と万有引力定数 $G$ から、

$$3H_0^2/(8\pi{G})=\rho_{\rm c, 0}$$

で表される値は、宇宙膨張の時間変化の様子を判定する基準となる臨界密度である。現在の宇宙の密度を臨界密度で割ったものを密度パラメータ $\Omega_0$ と呼ぶ。ハッブル定数の逆数、 $1/H_0$、は時間の次元を持ち、ハッブル時間と呼ばれる。これは宇宙年齢の目安となる。宇宙定数のないフリードマン宇宙モデルでは、$H_0$$\Omega_0$ を観測から決めれば宇宙年齢が求まる。ハッブル時間は物質のない $\Omega_0=0$ の場合の宇宙年齢で、物質があればこれより短くなる(図1)。

重要な宇宙論パラメータである $H_0$ の決定には多大な努力が注ぎ込まれた。ハッブル(E. Hubble)は1929年の論文で、 24個の銀河の距離と後退速度の解析から $H_0$ の概略値として500 km s-1 Mpc-1を求めた(図2;以後簡単のため、$H_0$ の数値には単位を付さない)。1944年にバーデ(W. Baade)が星には二つの種族があることを発見し、データが再検討された結果、1960年頃までには $H_0\sim100$ が学界のコンセンサスとなった。ハッブルの当初の推定より宇宙は5倍大きくなった。パロマー天文台の200インチヘール望遠鏡の完成後からハッブル定数を決めるための観測に取り組んだサンデイジ(A. Sandage)は、宇宙の距離はしごと呼ばれる手法を用いて、1976年に $H_0=50\pm4$ という結論を出した。宇宙は更に2倍になった。これに対してアメリカで活動したフランス人のドゥ・ボークルール(G. de Vaucouleurs)は、少し異なる距離はしごを構築し、1979年の論文で $H_0=100\pm10$ という値を求めた。彼らの主張はそれぞれlong/short distance scale(長い/短い距離尺度)と呼ばれ、以後ほぼ20年間にわたって学会で論争が続いた(図3)。

その後、精度の高い新しい銀河の距離決定法が開拓され、セファイドの観測限界を大きく拡大したハッブル宇宙望遠鏡キープロジェクト終了時の2001年には、 $H_0=72\pm8$ (精度11%)が報告された。その後アメリカのフリードマン(W. Freedman)らによって、距離はしごの精度を高める努力が積み重ねられ、2016年のリース(A. Riess)による論文では、 $H_0=73.24\pm1.74$(2.4%)という超高精度の値が報告されている。一方、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の温度ゆらぎの観測からも、他のデータを併用する必要があるが、ハッブル定数が高精度で決められる。2015年にはヨーロッパ宇宙機関プランク衛星による最新結果が報告された。

ハッブル定数の決定精度が昔より格段に高まったために、近年は、CMBから求まった値 $70.3\pm0.8$と、セファイドで校正した距離はしごから求まった値 $73.4\pm0.4$ との間の $\pm3\sigma$ の差異が問題となっている(これらの値とその誤差は図4に示すように、それぞれの手法による最近の複数の測定値の平均と標準偏差である)。前者は主に宇宙の晴れ上がり時点での観測に基づく宇宙モデルの現時点での推定値であり、 基本的に初期宇宙の物理が基礎になっている。一方、後者はセファイドや超新星など恒星の物理を基礎にしており、宇宙の中で銀河系を取り巻く領域内での観測に基づく値である。距離はしごの中にまだ未知の不確かさが潜んでいるのか、あるいは標準宇宙モデルの仮定に何か間違いがあり、新しい物理が拓ける可能性があるのか、この違いを巡って現在緊張が高まってきている。

この問題の解決に向けてすでに新しい取り組みが始まっている。カーネギー研究所とシカゴ大学の研究者によるカーネギーハッブルプログラムでは、 これまで種族Ⅰのセファイドに基礎をおいてきた距離はしごを、種族Ⅱこと座RR型変光星赤色巨星を使って構築し直して、両者の整合性を確認しようとしている。2018年4月にはガイア衛星の第2次データ公開が行われ、13億個の星の年周視差が報告された。最終結果に基づいて、多数のセファイドや赤色巨星の距離が精密に決まれば距離はしごの精度はさらに高まるであろう。2015年に初めて観測された重力波も今後観測数が増えれば重要なハッブル定数の決定法となるだろう。南極望遠鏡(South Pole Telescope: SPT)とアタカマ宇宙論望遠鏡(Atacama Cosmology Telescope: ACT)によるCMBの精密観測も計画されている。

2016年以降のハッブル定数の決定に関してはハッブル定数の緊張に記述してある。

2024年01月21日更新

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    *図1 宇宙定数がない(Λ=0)場合のフリードマン宇宙の振る舞い。縦軸はスケール因子(宇宙の大きさ)で横軸は時間である。宇宙の物質密度の異なる3つのモデルが描かれている。物質のない宇宙の年齢がハッブル定数の逆数である。物質がある場合はこれより短くなる。(作成 岡村定矩)
    *図2 ハッブルが1929年の論文で発表した、ハッブル-ルメートルの法則を表す図。この図の直線の傾きがハッブル定数である。(原図はHubble 1929, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, Volume 15, Issue 3, pp. 168-173)

    *図3 1995年頃までのハッブル定数決定の歴史
    岡村定矩「ハッブル定数」、シリーズ現代の天文学第4巻、谷口・岡村・祖父江編『銀河I』第2版 6.5節 図6.11
    *図4 ハッブル定数の近年の決定値
    岡村定矩「ハッブル定数」、シリーズ現代の天文学第4巻、谷口・岡村・祖父江編『銀河I』第2版 6.5節 図6.18を改変(原図はBeaton et al. 2016, ApJ, 832, 210)